永遠の保証
そして夜。
テントの中、寝息だけが響く中で、ユリはそっと背中に回されていたヴェルディーゼの腕をほどいて身体を起こした。
そのまま膝を抱えて、ユリが俯く。
「……私は……もう、前みたいには……なれないのに」
時々――本当に、時々。
ユリは、とても気分が落ち込むことがある。
ヴェルディーゼに抱き締めてもらっても眠れなくて、ネガティブが思考がぐるぐると巡って。
膝を抱えて、ただただ明るい気分が戻ってくるのを待っしかない。
「……主様。……主様、主様、主様……私の主様なのに、ルスディウナは……」
ユリが少しだけ顔を上げて、ヴェルディーゼを見た。
黒い髪に隠されて、その表情は見えない。
ユリがそっとヴェルディーゼに身体を寄せて、その手を握った。
そして、目を伏せて、この気分の落ち込みはルスディウナと出会ったせいだろうな、と少し冷静になった頭で考える。
少しだけ、ほんの少しだけ、暗い思考がどこかに消えた気がした。
「……私は、主様のもので。主様は……。……主様は、私の主様。……主様……大好きです。大好きな、私の主様。愛しています……」
譫言のように呟きながら、ユリは黄金色の瞳でじっとヴェルディーゼのことを見る。
恋慕、敬愛、執着――あまりにも大きく膨れ上がり過ぎてしまったそんな感情を煮詰めた瞳が、じっとじっとヴェルディーゼだけを見つめる。
その表情が陶酔するような色を見せて、ユリがそっとヴェルディーゼの胸元に手を当てる。
「……私だけを、永遠に見てほしい……なんて。……我儘だなぁ、私……やだなぁ」
「それなら、僕はもっと我儘だね」
「え」
唐突に聞こえた声に、ユリが目を丸くした。
一瞬で腕が伸びてきて引き寄せられて、ユリがヴェルディーゼの腕の中へと引き戻される。
「僕はね、ユリ。これでも我慢してるんだよ。自制心が働いてたから……愛してるのに、妙なタイミングで冷静になってたんだ。そうしないと、僕はユリのことを愛し過ぎちゃうから。光も届かない場所に、閉じ込めてしまいたくなるから。鳥籠の中に閉じ込めて、外のことなんて何も知らずに……そう在ってほしい、なんてふざけたことを思うくらい」
「ふざけたこと、だなんて……そんなこと……」
「これのどこが、ふざけてないの? 僕だけを信じるように誘導して、本当のことなんてわからないように……なんて。それじゃあ、ルスディウナと一緒だよ」
「……っ。……すみ、ません……主様。……ごめんなさい」
ユリは小さな声で謝って、また目を伏せた。
そして、周囲を気にするように軽く視線を巡らせると、それに気付いたヴェルディーゼがくすりと笑う。
「聞かれたら、ちょっと面倒なことになりそうだからね。遮音はしてるよ、大丈夫」
「ありがとう、ございます。……その……」
「僕はずっと、ユリのことだけを見てるよ。ユリがいるのに、他の女が目に入るとでも? 物理的な話ではちょっと難しいけど」
「……うぅ……男の人も嫌です。嫉妬深くてごめんなさい……」
「そんなの可能性も無いよ。からかうだけならできるけど、本気になんてならない。……嫉妬深いなんてこと言ったら、僕だってそうなんだよ? 言ったでしょ、閉じ込めておきたいって。閉じ込めて、僕しか見ないでほしいんだよ」
「……嬉しいです。でも」
そっとユリがヴェルディーゼを見上げて、はにかんだ。
そして、ヴェルディーゼの瞳をジッと見つめて目を逸らさず、沈んだ声で言う。
「永遠に主様が私だけを見る、なんて保証は……無いんですよ? 私が一番欲しいもの。私が永遠に主様の一番でいられるっていう保証は、どこにも無いんです。主様は実力で私を閉じ込めておけるのに、私にはできない。主様が冷めてしまっても、引き留められない。そんなのずるいですよ。ずるい、ずるい……主様には、私が絶対に離れられないって思える安心材料がたくさんあるのに。実力に、命令だってそうです。ずるいですよ……主様が冷めてしまったら……私は……」
「……ただの言葉じゃ、ダメなんだろうね。そんなものじゃ、安心できない。そうでしょ? それに……今の、不安で不安でしょうがないユリは喜んでも、普段のユリは、重くて重くて嫌がるだろうから」
「……あ、あるんですか? 私を、安心させられるものが……永遠の保証が」
「ユリ」
震える声でユリが尋ねると、ヴェルディーゼはただ静かな声でその名前を呼んだ。
その呼びかけにユリは少し不思議そうな表情をして、少しの希望をその瞳に宿す。
「神の言葉は、重いんだ。……それが、最高位を担う神なら、尚更ね。永遠に愛して離さないって決めたのなら……僕の感情がどう変わろうが、それを覆すことなんてできないよ。……まぁ、僕が本当にそう決めたかどうか、ユリには知る手段が無いんだけど」
「さ、最後の最後で不安にさせるの、やめてください……せっかくちょっとだけ安心してたのに」
「眠れるくらいまで落ち着ければいい。ルスディウナのせいで、ユリの心は揺れに揺れて、こうなってる。寝ればもう大丈夫だよ。寝てる間、ずっと抱き締めててあげるから。もう目を閉じて……一緒に休もう」
「……はい」
少しの沈黙の後に、ユリはヴェルディーゼに抱きついて目を閉じた。
そしてそのまま、呟くような声で言う。
「絶対、いなくならないでくださいね……置いていっちゃ、だめですよ。敵からも……悪夢からも、守ってくれなきゃ、私……」
「……うん、そうだね。大丈夫……いなくならないよ。何度でも、何からでも、守ってあげる」
ぽつぽつと言葉を交わして、二人は少しずつ、眠りへと落ちていった。




