致命的な言葉
「……ふぅ」
一旦悠莉から離れ、ユリが息を吐き出した。
そして、甘えるようにヴェルディーゼの手に擦り寄っていくと、黙り込んだまま眉を寄せる。
「お疲れ様。疲れちゃった?」
「ん……感情がジェットコースターみたいになってて……ゆうちゃんに対しても、結構……言葉選び気を付けてましたから。……でも、もう大丈夫です。ゆうちゃんには時間が必要みたいですし、一旦、魔物とか魔物をここに連れてきた人の処理をした方がいいのかなって思うんですけど……ほら、後ろ気になりますし」
「あー、そうだね。魔物の調査と……魔王側の人間? あるいは魔王の眷属か何かか……そいつには、尋問しないと。僕よりはユリの方が世界への負荷が少ないだろうから、ユリは深淵で脅して」
ユリがヴェルディーゼの指示に頷き、拘束されている魔物と人間らしき存在に近付いていった。
すると、それらを監視していた勇者――龍也は、警告するように二人に声を掛ける。
「あ……その、二人とも。一応、気を付けろ……あ、いや、気を付けてください」
「……リューくん、とお呼びしてもいいですか? 敬語、苦手なら普通に話してもいいですよ。あ、でも主様は……」
「口調なんてどうでもいいよ。ここなら僕の敵視する奴らとか、逆に崇拝してくる奴らの視線とか無いし」
「崇拝してる人もいるの、初めて聞いた気がします。……こほんっ、ではリューくん、ご忠告感謝しますね。今からこの人とお話したり、魔物を観察したりするので、監視は任せて休んでいて大丈夫ですよ。えっと……尋問からですかね。種族と名前、目的……諸々吐いてくださいます?」
ユリが軽く首を傾げて尋ねると、目の前の男は顔を逸らした。
彼は深淵ではなくヴェルディーゼの鎖で捕らわれているので魔物と違って恐怖しているわけではないらしい。
その顔には警戒と焦り、戸惑いばかりが浮かんでいる。
「……主様、この人無視します。酷いですよ。名前と種族くらい教えてくれてもいいのに」
「魔王に躾でもされてるんじゃない? どんな些細な情報も漏らすなって。……ユリ、それなら早速」
「はい。えと……ちゅうもーく、こちらにありますのは全てを呑み込む深淵でーす。なんと触れたら取り込まれて死にます。怖いですね。そんな恐ろしいものを、今から隣に置きます。ちょっとずつ移動するので、触れる前に情報吐いてくださいね」
「……僕の指示無しでそんな脅し方するとは思わなかった……こういうのは初めてだよね……? いくら前よりは非道になったとはいえ……」
「引かないでください主様! どうやったら私が怖いかを考えてやっただけなんです!! 私は銃を突き付けられるのが一番怖いけど……!」
ユリが自分でトラウマを刺激して震え始めたので、ヴェルディーゼがユリを抱き締めた。
そのまましばらく待っていると、本当に深淵が近付いてきていることを理解した男が息を吐き出す。
「……ロク。魔族だ。これでいいか?」
「本当にいいと思ってます?」
「ユリはもう大丈夫だから。後は僕がやる。ユリは下がってていいよ」
「でもっ」
「ユリ。休んでて」
「……はぁ〜い……」
ユリが肩を落としながら頷き、ヴェルディーゼから距離を取った。
ヴェルディーゼは絶対にユリに尋問をやらせるつもりは無く、魔物を見てもユリにはよくわからない。
ヴェルディーゼの言う通りにするしかないだろう。
かといって、思考を纏めている最中の悠莉にちょっかいをかけるわけにもいかず、ユリはどうしようかと首を傾げる。
「……んん。ちょっと休むかぁ」
ユリはそう決め、大きめの木に背中を預けて座り込んだ。
そのままぼんやりとヴェルディーゼを眺め、その真面目に仕事をしている姿に頬を緩める。
大切な、大切な主で、自分の恋人。
悠莉には信じられないだろうが、ユリはもうヴェルディーゼに心酔していて、この人以外は考えられないというほどに、惚れてしまっている。
「……結莉……」
「あ、ゆうちゃん! 大丈夫ですか? 整理できました?」
「……まぁ、ね。うん……」
そんなことをユリがぼんやりと考えたりしていると、悠莉が話しかけてきた。
ユリがパッと立ち上がって駆け寄りつつ、心配そうに尋ねると悠莉は曖昧ながらもユリの言葉を肯定する。
そんな悠莉の様子を心配したユリはもう少し悠莉を休ませようと口を開きかけて、それより先に悠莉がその口から言葉を発する。
「ねぇ、結莉……やっぱり、私達と一緒に来ない……? きっと……楽しいよ」
「……ごめんなさい、ゆうちゃん。この世界にいる間は一緒にいられますけど……その提案って、ずっとってことですよね? それなら、ダメです。ごめんなさい。ずっと一緒には……いられません」
「どうして? 結莉……結莉は、私の親友でしょ? あんな、あんなに早く、別れが来て……そんなの、受け入れられなくて……ようやく、希望が見えて……やっと会えたのに。どうして……っ」
「……ゆうちゃん。少し……ゆうちゃんには、受け入れ難いことを……言います。ゆうちゃんのことは、大好きですけど……私の愛する人は、主様なんです。だから行けません」
ユリがはっきりとそう告げれば、悠莉はその肩を揺らした。
そして、深呼吸をして、それでも落ち着けずに、言葉が漏れる。
「私……私は……っ、あんな人なんかより、絶対っ……!」
「――」
それは、致命的な言葉だった。
友達を取られた、子どもみたいな嫉妬で漏れた言葉だとしても。
絶対に、ユリに言ってはいけない言葉を、悠莉は口にした。




