一緒には
震える手をそっと後ろに隠して、ユリはただ微笑む。
まだ、覚悟なんてできていなかった。
自分は、ヴェルディーゼを馬鹿にされたという理由で、他人を殺して。
大丈夫だと甘やかされて、ここまで来てしまったから。
「結莉……その、口調は」
「悠莉姉ちゃん! 感動の再会なのはわかるけど、先ず魔物だ! 倒さないと!」
「ちょっ、主様?? 私てっきり主様がなんとかしてくれるものだと……」
「ああ、ごめん……あの魔物、ちょっと予想と違って……」
「た、倒しますか?」
「殺さないで」
「ゆうちゃんを傷付けようとしたのに!!?」
「殺さず無力化。あれをここまで連れてきた奴は適当に僕が対処するから。……いいね? ユリ。思ったより強いから気を付けて。殺さず、無力化。……これは命令だよ」
ヴェルディーゼが何度も念を押すので、ユリが拗ねたように唇を尖らせた。
しかし、何も言わずに頷くと、勇者が必死に戦おうとしているので鎌を構え直しながら魔物の方へ近付いていく。
「待って、結莉! 危ないよ! 下がって、龍くんに任せよう!?」
「……ゆうちゃんの幼馴染、でしたか? とにかく……あの子に対処できるなら、主様は私に任せていませんよ。ゆうちゃんこそ、近付かないでください。危ないですからね。大丈夫です、リスクは冒しません。今度は鎌持ってるだけで使いませんし」
「でも……」
「大丈夫ですから。あんまり引き留めるとあの子が危ないですよ」
ユリは穏やかな声でそう言い、悠莉の手をそっとほどいた。
そして、勇者よりも少し手前に立つと、手を翳す。
「……えいっ」
そんな軽い掛け声とともに、地面から深い闇のようなもの――深淵が現れた。
それは腕のように伸びると、魔物を包み込むようにしてその姿を覆い隠す。
深淵は、触れるもの全てを呑み込むもの。
大体の生き物は、深淵に本能的恐怖を抱く。
これはそんな本能を利用したものであり、深淵が敵に触れるか触れないかのところで留めることで、身動きを封じる魔法である。
「出てくる様子は……無いから……主様ぁ! 拘束完了です! 殺しっ」
「はいはい、不穏なこと口走らない。引かれたくないでしょ。……さて、静かになったところで、再会のやり直しでもする?」
「う、あ、……やり直しはしません。続きはします……その、ゆうちゃん……」
「……えっと……気になることは、色々あるんだけど……ねぇ、結莉? その人誰?」
「え? なんか怒って……私の主様ですけど……?」
少し怒った様子で尋ねてくる悠莉に戸惑いながらユリが答えた。
すると悠莉は、顔を険しくしながら再度尋ねる。
「どんな関係なの?」
「……えっ、と……私の主様……主従関係っぽい感じ……? で、恋人で……あ! 私の恩人です!」
「………………………………むぅ。恋人……う、ううん……ユリの恋愛に水差しちゃダメ。口調はなんで変わってるの? あとなんで目の色と髪の色変わってるの? あと、あと――」
「わああっ、ぜ、全部答えますから、詰め寄ってこないで……ほら、ゆうちゃん、落ち着いてください。大丈夫です」
ユリがそう宥め、息を吐き出した。
そして、時間を掛けて一つずつ丁寧に、悠莉の疑問に答えていく。
「……大体の事情は、わかったよ。……後回しにして、ごめんね。この子のこと、紹介する。勇者の龍くん……じゃなくて、龍也くんって言うんだ。優しい子だよ。幼馴染なんだ。一個下で、私の弟みたいなものかな!」
「ゆ、悠莉姉ちゃん……」
「はじめまして……では、ないですかね。会ったことはある気がします。じゃあ改めて、ユリです。ゆうちゃんのこと、よく見てあげてくださいね。私、もうずっとは見ていてあげられないので」
「……ああ。いや、はい。任せてください」
「待って、結莉……ずっとは見ていてあげられないって、どういうこと? 一緒にいられないの?」
少し震えた手が伸ばされて、ユリが苦しそうに眉を顰めた。
一緒にいたくないわけではない。
許されるのなら、ずっと悠莉と一緒にいたい。
だが、それはできないと、ユリはちゃんとわかっていた。
ずっと会う覚悟ができなかった、理由の一端。
「ゆうちゃん。私……言いましたよね。一度、私は死んで……それで……主様が、私を自分の眷属に……私を神様にしたから、私はここにいるんだって。……私にもう、寿命は無いし……ここの住民でもない。理由があって、ここに来ているだけなんです……それに、今の私は……ゆうちゃんよりも、主様を優先します。本当に、ごめんなさい……ゆうちゃんのことは大好きだけど、一番は譲れないから」
「……どこかに、行っちゃうの……? 折角会えたのに……」
「この世界にいる間は、一緒にいられます。主様がそう約束してくれました。魔王からも守り切るし、もし望むのなら、時間が掛かっても元いた世界を探し出して……ちゃんと帰すって。でも、私は付いていきません。私の居場所は……主様の傍だから」
ユリがそう断言すれば、悠莉はひどく傷付いた顔をした。
そう簡単に飲み込めはしないだろう。
一緒にいるのが当たり前だった親友同士なのだから。
それに、悠莉は謎の存在から、ユリはここにいると知らされている。
一緒にいられると信じ込んでいたはずだ。
それなのに、ユリはそんな悠莉の希望を打ち砕いている。
「……ごめん、結莉……私、今すぐには……ちょっと、整理しきれないみたい」
「わかっています。少し休んでいてください。大丈夫ですよ、勝手にどこかには行きませんから」
ユリはそう言って悠莉を近くにあった木陰まで誘導し、ゆっくりとヴェルディーゼの方へ歩いていった。




