寝坊と感情の揺らぎ
早朝。
結局中々寝付けず、薄明るくなった頃にようやく眠りに落ちたユリを片手で抱え、ヴェルディーゼがゆっくりと移動していた。
勇者たちを尾行するため、早朝には出発しないといけなかったのだが、流石にようやく眠れたユリを起こす気にはなれない。
「……すぅ……すぴ……すぅ…………」
「……かわいい寝顔……」
安心し切った顔ですやすやと眠っているユリにヴェルディーゼがそう呟き、そっとその頭を撫でた。
そして、勇者たちを始末するため放たれた魔物の位置を把握しながら、気配を殺して歩いていく。
時間は経ち、お昼前。
ずっと眠っていたユリが目を覚ました。
「ん、んん……ん、ぅ……? まぶし……あるじさ……?」
「あ……おはよう。調子はどう?」
「……ここ……どこぉ……?」
「森の中。まだ寝ぼけてるね……ちょっと休憩しようか」
ヴェルディーゼがそう言ってユリを下ろし、白銀色の髪を梳いた。
そのまま髪を整えてやりながらヴェルディーゼがユリの目がちゃんと覚めるのを待っていると、ユリは目を擦ってからヴェルディーゼを見上げる。
「……いま、何時ですかぁ……?」
「何時? どれくらいだろう……もうお昼近いし……」
「おひる……お昼ぅ!? えっ!? 寝坊!?」
「別に抱えて運んだだけだから、気にしなくていいよ」
「運んだ!? わ、わぁああ……っ、ご、ごめんなさい主様! ……あれ? じゃあこの服は……」
「寝間着で外出されたら恥ずかしがると思って、着替えさせたけど……ダメだった?」
「ひぅ……そ、それってつまりぃ……」
「……? ……あ。見てないよ、魔法で着替えさせたから」
「あ、え、あ……そっ、そうですか。……そうですか」
なんとも言えない顔で目を逸らすユリに首を傾げ、ヴェルディーゼが空を仰ぎ見た。
そして、周囲に視線を巡らせると、頷いてユリに提案する。
「ユリ、食事にしようか」
「……えっ? でも、勇者さんたちを追いかけないと……」
「まだ余裕はあるよ。まぁ、ぱぱっと軽食だけになると思うけど……ユリは何も食べてないし」
「んぐ……でも、別に私だって神様なんですから! 食事が絶対必要なわけじゃないですもん!」
「ただでさえ精神が不安定なんだから、美味しいものくらいは食べた方が良い。軽食を取るくらいの時間はある。はい、これでこの話は終わり。……食べれないとか、作りたくないとかなら、無理はしなくていいけど……そういうわけでもないでしょ?」
「……むぅ……わかりました」
ヴェルディーゼがそう言うと、ユリがようやく頷いた。
そして、パッと笑顔を浮かべると、ヴェルディーゼに食料を出してもらい、簡単なサンドイッチを作る。
「はい、できました!」
「おお、早い……」
「干し肉使ったりして時間短縮です。そわそわするので。……あ、おいひ」
「何か……何かのソース? なんか美味しい。ユリの味がする」
「適当に作って塗っただけです。あとその感想はなんかグロいのを連想するのでやめてください。意図はわかりますけども……」
「慣れ親しんだユリの味付けって感じがする。美味しい」
「えへへー!」
ヴェルディーゼが感想を言い直すと、ユリがぱあっと嬉しそうに笑顔を浮かべた。
そして、ぴっとりとヴェルディーゼにくっつきながら食べ進めていく。
「……ふぅー……ごちそうさまでした。美味しかったぁ」
「ごちそうさま。美味しかったよ。ちょっと休む? それとももう行く?」
「お粗末様でした。そわそわするのでできればさっさと出発したいです」
「わかった、じゃあそうしよう。疲れたらすぐにそう言ってね」
ヴェルディーゼがそう言ってユリの頭を撫で、立ち上がった。
ユリも立ち上がって軽く土埃を払うと、ヴェルディーゼに付いていく。
「主様、主様。具体的にはどこに向かってるんです? 勇者さんたちって今……」
「もうそんなに遠くないよ。気配、ちゃんと殺しておいてね」
「えっ……は、はい。……ゆうちゃんじゃ、ないといいな……」
「会えるのは嬉しいんじゃない? まだ可能性でしかないけど」
「それはそうなんですけど、心配が勝ります。怪我してほしくないし……それなら、会えなくてもいいから……こんなところには居てほしくないです」
魔物がおり、ヴェルディーゼが勇者や賢者では太刀打ちできないと断言する魔王がいる。
そんな世界に、親友が居たって嬉しくないとユリが弱々しく首を横に振った。
そして、深呼吸をして平静を保つと、静かに凪いだ表情でヴェルディーゼを見上げる。
「私は……大丈夫です。逆に吹っ切れてきましたから」
「……そう、だね。うん……そろそろ、二人の姿が見えてくる頃だと思う。……泣いてしまいそうだったり……とにかく、耐え切れないなら言って。遮音でもなんでもしてあげるから。抱き締めながらでも、尾行くらいできるから」
「……はい。ありがとうございます」
揺らがず、凪いだ表情のユリを眺めながら、ヴェルディーゼは気遣うように言う。
その表情とは裏腹に、その黄金色の瞳が酷く揺らいでいるのを、じっと心配そうに見つめながら。




