神は持ち掛け
結莉が目を覚ますと、そこは真っ黒な空間だった。
不思議と傷は治っており、痛みもない。
それに本当に不思議そうにしながら、結莉が身体を起こした。
「……ここは……」
「おはよう。調子はどうかな」
「ぴゃあ!?」
突然聞こえた声に結莉が驚いて悲鳴を上げた。
声の主はそれに驚いたのか、目を丸くしてから小さく微笑む。
「ごめんね、驚かせたかな。立てる?」
「えっ、えっ……? え、た、立てます……」
「そう、良かった」
結莉が混乱しながらまじまじと声の主を観察する。
艶のある黒髪に、椅子に腰掛け柔らかな眼差しでこちらを見下ろす真紅の瞳。
身長はかなり高そうだ。
「……あな、たは……?」
「うーん……さて、どう名乗ろうね? どう名乗っても流れは変わらないから、なんでもいいけど……」
「流れ……? あ、そうだ、えっと……私、小鳥遊結莉です。それで……その……」
男の発言に更に混乱しながらも、一先ず名乗ろうと結莉がそう口にした。
そのまま言いづらそうにあなたは、と小さく声に出せば、男が微笑む。
「……そうだなぁ。僕は神様だよ」
「か……神様?」
「そう、神様。ここに来る前のことは覚えてる?」
「ここに、来る前……私は確か……そうだ、銃……う、ぐ……っ、大丈夫、大丈夫、もう傷は無いし、痛くもないから……大丈夫……ふぅ、よし……と、とにかく、撃たれて……し、し……か、かか、神様がいるってことは、そういうことなんです、よね? つ、つまり、やっぱり私は……」
結莉が顔を青くしながらそう言うと、男――神様が重々しく頷いた。
そして、ゆっくりと結莉が認識した現実を肯定する。
「そう、君は死んだ」
「……っ。……じゃあ、ここは……何なんですか……? 天国? それとも、その……えっと、黒いし……地獄?」
「どちらでもないよ。ここは僕が神の力で生み出した空間で、そこに君の魂を引き留めてるんだ。君には自分の身体が見えてると思うけど、それは半ば幻覚でね。今は魂だけの状態なんだよ。……まぁ、触れるし幻覚っていうのも正確には違うんだけど……」
「……え、えーっと?」
「まぁ、幽霊みたいなものって考えてくれればいいかな。それならわかりやすいでしょ?」
男がそう言うと、結莉が戸惑いながら頷いた。
そして、辺りを見回しながら尋ねる。
「その、それで……神様は、どうしてここに私を引き留めているんですか? 何か理由があるんです、よね……」
結莉がそう言い、男の瞳を真っ直ぐに見上げた。
鈍く光る紅の瞳は宝石のように綺麗だが、神聖な存在とは思えないほどに妖しい。
ぱちくりと、結莉が目を瞬かせた。
「……ハッ。ま、まさか……所謂神様転生? ほ、本当に存在した……? これが現実なら超常的な存在であることは間違いなさそうだし、もし神様なことは偽りでも、転生はさせてもらえるんじゃ……」
「……ふふっ」
「えっ、でも、でも、どうして私なの……? そりゃ、漫画とか好きだし、剣と魔法の世界とかには比較的馴染みやすいかもしれないけど……いやいやっ、ま、まだ確定したわけじゃないし……!?」
そっと、窺うように結莉が男を見上げた。
男は相変わらず鈍く光る瞳でただただ結莉を見下ろしている。
「……き、期待してもいいんじゃ。チートまでは望まなくても、エグい難易度の世界じゃなきゃ、生まれる場所によっては生きられないこともないだろうし……こうしてここにいる以上は、記憶を保ったまま転生するくらいは……ハッ! こ、これは、間違えて殺しちゃったからお詫びに転生させてあげるねパターン……!? ほ、本当にっ!?」
「……ふふっ……独り言にしては声が大きいね」
「え!? あ、すみません……!」
「いや、気にしてないよ。そもそも……いや、いいや。これは了承が得られてからじゃないと……下準備、いや状況の説明も終えたことだし、そろそろ本題に入ろうか」
「ほ……本題……?」
「今からやるのは、君が言った通りてんせ……」
「本当ですか!? 異世界ですか!?」
ユリがバッと顔を上げて尋ねると、男が少し身を引いた。
パチパチと目を瞬かせ、溜息を吐きながら小さく呟く。
「これまでのことで強い反応を示すのはわかってたけど、いざ来られるとびっくりするな……ま、まぁ、うん……異世界ではある、かな」
「チートはありますか!?」
「それは君次第。僕が操作するものじゃないから、才能によるとしか答えられない」
「なるほどそういうタイプですねわかりました転生します!!」
「……まだまともに説明してないんだけど、大丈夫なのかなこの子……まさかここまで……好都合だけど心配になる……いや、でも、あそこって基本平和だし……そんなものなのかな……まぁ、今さっき酷い殺人事件が起きたばっかりだけど」
「?」
「……再確認、だけど。僕の提案を受け入れるってことで、いいんだね?」
男が困ったような表情をしながらそう問うと、結莉がコクコクと頷いた。
そして、目を輝かせながら異世界へと想いを馳せる。
「異世界……どんなところかな……ふひへへへ……」
「……絶対に君が想像してるようなところじゃないんだけど。まぁいいや……いいんだね?」
「はい!!」
「……頷いたのは君だよ」
男が結莉に近付きながらそう囁き、その肩に手を置いた。
その指先が首に触れ、そこから何かが結莉の中に流れ込んでいく。
酷く冒涜的な感覚だ。
そう、まるで、身体を作り変えられるような。
「あ、う、うああっ……!? な、なにし、なにこれ……やだ、やだ……っ」
「痛くはないよ。苦しくて気持ち悪いと思うけど……少しの間だけ耐えて。必要なことだから……」
「が、ぐ、ぅう……? うう、あううう……!?」
「よし……あともう少し。あと数秒だけだよ……」
「……ぅぁ」
最後に小さく声を上げ、結莉が意識を失った。
力を失った身体を受け止め、男がその胸元に手を翳す。
「お疲れ様。よく眠っているようにね……その方がきっと苦しくないから。……〝眷属契約〟」
ぶわりと、その手から黒い光が噴き出した。