情報収集へ
何やら禍々しい草原に、ぽつりと人影が二つ。
蹲って震えている小柄な影と、それを無視して周囲を眺める影――ユリとヴェルディーゼである。
「くすん、くすん」
「……意外と魔物はいないな。もしかして、みんな人間の方に……?」
「……ぐすん」
「いや……単純に、城の中にいるって線もあるか。さて、どこまで情報収集に行くか……」
「無視しないでくださいっ、主様! 主様の! 大・大・大・大・大・大・大――」
「長い」
「――大っ好きな恋人の、この私を! 無視するなんてぇ!」
ヴェルディーゼの言葉を無視して、ユリが自分の言葉を続けた。
そんなユリにヴェルディーゼが溜息を突き、つんっとその額を指先で突付いて言う。
「はぁ……ユリが粗相したから、気を遣ってるんだよ」
「粗相ってなんですか!? 粗相じゃないですけど! マジで本当に粗相じゃないんですけど! ちょっと、その……おえってなっちゃっただけです……」
「……別の羞恥で上塗りしようと思って」
「なんでそんなことするんです……? しかもなんででっちあげるんです……?? しかも吐いてないし。危うくだっただけだし。しかも主様のせい」
「それは本当にごめんね。外部からの影響は遮断してたんだけど……ちょっと周囲が興味深くて、ユリ抱えてること忘れてた」
「もう! 食後にお腹締め付けられるのはアウトなんですからね! 絶対ダメなんですから!」
ユリがそう言って頬を膨らませた。
しばらく蹲って震えていたので、申し訳ないなとヴェルディーゼが苦笑いしながらその頭を撫でる。
そして、どうお詫びの気持ちを示すか悩んで、首を傾げながらユリに向かって言った。
「甘い物食べる? それか……丸一日デートとか」
「デート!! デート一択ですデートデートデートしたい!! どこですか!?」
「この世界なら、適当に手を繋いで散歩とかする? 良さそうなお店に入ったりして……終わってからなら、交流区になるなぁ。……どこかいい感じのところ、上手く僕に敵対してるのだけ排除してもらうか……?」
「散歩〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「あ、そう……」
「あのですねあのですね!? この世界は未知なわけですよ! 主様にとっても!! つまり、つまりっ……二人で新鮮な気持ちを味わえるってことなんですよ〜〜〜〜〜〜〜!! ぴぎゃーっ!!」
「……テンションが上がりすぎておかしくなってる……」
ヴェルディーゼが頬を引き攣らせながら言うと、ユリがむっと頬を膨らませた。
そして、むぎゅりとヴェルディーゼの頬を軽く掴むと不満そうに言う。
「主様は、私とのデート……嬉しくないんですか?」
「嬉しいけど、そのテンションには付いていけないよ……」
「付いてこなくていいですよ、主様は主様らしく、です。私が一方的にはしゃいでるだけですし」
「……僕もはしゃぎたいんだけど、警戒は怠れないし」
「えっ!? へ、へへ……ひひ……じゃ、じゃあ、私が警戒係でもいいですよ? うん……たぶん、やろうと思えば、気を緩めずに警戒とかできる……はずです、し?」
くねくねとユリが身を捩りながら言うと、ヴェルディーゼが苦笑いした。
そして、ぽんとその頭を撫でると首を横に振る。
「気持ちは嬉しいけど……たぶん、当日になったら、僕は感情を表には出さないだけではしゃぐだろうし。ユリもそうだろうから……僕に任せきりにしないように、とかは考えなくていい。気付いたことを口に出してくれればね。……さ、早く行こう。ユリ、もう体調は大丈夫?」
「あ、はいっ! もう万全です!」
「ならよし、乗り込もうか」
「乗り込むんですか!? 魔王城に!?」
「それが一番早いでしょ。魔王の配下なんて敵じゃないし、とにかく魔王の情報が欲しい。隠密行動だよ」
ヴェルディーゼがそう言って笑い、ユリを抱き上げた。
そして、広い草原の中、遠くにぽつりと存在している魔王城を見据える。
「ユリ、見える? あれが魔王城だよ」
「へ? ……あ、あのちっちゃいのですか? まだまだ遠いんですね」
「うん。ただ、ここからは転移で直接行く。魔王がいるところに。いい? 静かにして、気配も殺して。バレてもいいけど、なるべくバレない方がいいからね」
「は、はい。頑張ります」
「ん、狭いところに隠れるからね。ちょっと息苦しいかもしれないけど……まぁ、頑張って」
「はい……って、ちょっと待ってください主様。狭いところって――」
ヴェルディーゼがユリの口を塞ぎ、話を聞かないまま転移した。
ユリが目を見開き、慌てて言葉を飲み込んでヴェルディーゼに抱きつく。
ヴェルディーゼの宣言通り、ユリは確かに狭いところに転移させられたらしい。
少し大きめの棚なのか、多少ながらも物が入れられており、大きめとは言ってもだいぶ余裕が無い。
「……ッ!」
そんな棚に、男女一組が一緒にいるのだから尚更。
一緒の場所なんて聞いてない、とユリが顔を赤くしながらも身を縮める。
バクバクと心臓が大きく鳴り響いていて、魔王にバレるのではないかと不安になるほどである。
ユリが少し顔を上げて視線で不満を訴えようとすると、ヴェルディーゼは真剣な眼差しで外を見つめていた。
不満が伝わりそうにないので、ユリは諦めて周囲の音に耳を傾ける。
『――ユリ、苦しくない?』
『うひゅぅっ……!? び、びっくりした……声が漏れたらどうしてくれるんですか……い、いい、一応、大丈夫です……あ、あの、恥ずかしいんですけど……ち、近いぃ。ドキドキして盗み聞きどころじゃないですよ……』
『ああ、ごめんね。この方が安全だから、ちょっと我慢して。大丈夫だから』
『……き、気絶しそうぅ……』
そんな弱音を吐きつつ、ユリがなんとか外に意識を向けた。




