次の目的地
森の中。
緊張した面持ちで、ユリが鎌を構えている。
目の前には黒い鎖で縛られた巨大で異常に筋肉の発達した豚のような魔物がいる。
「……む、無抵抗の相手を殺すのは、初めてなんですけども。気が進まないぃ」
「殺さなくてもいいよ、戦う練習だから。自衛程度に戦えるようになれば、それでいい。ただ、ユリは僕のことを侮ったりした相手にしか殺意を向けないから、傷を付けるところから練習しないとね?」
「ふぁい……で、でも、なんというか……気が進まないだけで、身体が震えたり、竦む感じは無い、です。……やれると思います……たぶん……」
「うん、いいね。軸もズレてないし。自分のタイミングでいいよ、やってご覧。それか、僕が誘導してもいいけど……」
「身体を密着させてやるってことで合ってますか!? それならドキドキしてそれどころじゃなくなりますが!」
ユリが若干頬を赤く染めながら尋ねると、ヴェルディーゼが少し目を丸くしてから微笑んだ。
そして、ユリに近付いていくと、そっと後ろに立って鎌を構えている腕をそっと掴む。
ユリの背中に身体が密着しており、一気にユリの顔が真っ赤になり、体温も上がった。
「こういうことだよ」
「うんとかそうとかの肯定の言葉だけで充分だったはずですよね! いやぁ!!」
ユリが甲高い悲鳴を上げて涙目でヴェルディーゼを睨んだ。
ヴェルディーゼが身体を離すと、ぷるぷるとユリが震えてから改めて魔物を見据えた。
そして、深く息を吐き出すと、意識を切り替える。
「――いきます」
呟くような声でユリがそう宣言し、踏み込んだ。
そして、姿勢を低くすると軽く飛び、勢いよく鎌を回して魔物の首を刈り取る。
魔物よりも奥で着地したユリが血振りをして、すっと振り向いた。
「……うひぃいっ、血がいっぱい!!」
「僕、攻撃だけでいいって言ったんだけどな……まぁいいや。……うん、流石に死んでるね」
「え、あ……す、すみません主様。やろうって思ったら、なんか……」
「切り替えが凄いなぁ。まぁ、楽しんで人殺したりとかしなければいいよ。こういう世界だと魔物は基本、倒されるために生み出されるものだし」
「そ、そうなんですか? いいんですか?」
「いいよ。……さて、処理しないと。この世界って魔物は……食べれるのか。でも、これはあんまり美味しくないみたい。豚みたいなのに」
ヴェルディーゼが残念そうに言って魔物に手を翳した。
そして、頭だけを残して消し去り、頭は掴んで空間へと放り投げる。
あまり触りたくはなさそうだ。
「ありがとうございます、主様。……凄く嫌そうな顔ですね」
「できれば触りたくない……直接は触ってないけど」
「あれ? でも今手で……」
「結界纏ってる」
「……凄く嫌なのは伝わりました。私もやれますから、任せてくれてもいいんですよ。というか、主様が影響を与えやすいなら、私がやった方がいいんじゃ……」
「深淵も大概影響が大きいし、どっちがやってもいいよ……いや、どちらかというとユリの方が良いのか。大した差じゃないけど……喰い尽くされるのも困るし」
「にしてもチートじゃないですかその魔王とやら。いや主様の方がよっぽどチートなんですけど。なんか再現くらい主様ならできてもおかしくない」
「できるよ」
ヴェルディーゼの返答にユリがやっぱりと呟いた。
やはりヴェルディーゼの方がよっぽどチートである。
「……と。一先ず、ギルドへの提出用は確保したわけですけど……こっからどうするんですか?」
「今は、一旦勇者たちの目的地に近付いてたけど……そうだね。ユリがまだちょっと無理そうだし……魔王城、近付いてみようか」
「おおぅ、必要最低限の準備だけして爆速でラスボス戦に向かうRTA走者みたいな……え? 行くんですか?」
「偵察程度にね。戦いはしない。狙われるようになるかもしれないけど、ちゃんと守るからね」
「あっはい……えへへ。……こほん、照れている場合ではなくて……えっと、情報を集めに……魔王城に行くんですよね。徒歩ですか?」
「徒歩……じゃ、ちょっと時間がかかり過ぎるし……いくつか国も超えるから、抱えて走るね。おいで」
ユリが確認すると、ヴェルディーゼはそっとユリに微笑むと腕を広げた。
抱えて走ると聞き、ユリが戦々恐々とヴェルディーゼに寄っていく。
ヴェルディーゼはひょいっとユリを抱き上げると、一気に加速した。
「うびゃあああぁあああぁあジェットコースター主様ぁあああああ〜〜〜〜!!」
「舌噛むよ」
爆速で流れていく景色にユリが悲鳴を上げながら身体を竦め、ヴェルディーゼの首筋に顔を埋めた。




