お昼時
一晩宿屋で過ごし、ユリとヴェルディーゼはカレータムを出て森を歩いていた。
ヴェルディーゼは、まだ無理なら遠慮せず言ってほしいと言っていたのだが、あまり長引かせるのは申し訳ないからとユリが強行したのである。
「ふぅぅ〜……ぅ〜」
「無理しなくていいって言ってるのに……」
「む、無理なんてしてませんけど」
「……」
「嘘ですしてます。で、でも、別にすぐ会うわけじゃないですし。他の調査を優先してくれるんですよね」
「それはそうだね、封印からそんなに経ってないのに、ユリの精神に負担は掛けられないから。……あれだって、僕の落ち度で……」
「ルスディウナって人が悪いだけでーす。主様は私の主様で恋人なのに、許せない……!」
ユリが眉を寄せながらそう言うと、ヴェルディーゼが苦笑いした。
そして、その頭を撫でながら目を細める。
「……今回も、関わってるかもしれない。はぁ……ユリを連れてきたのは失敗だったかも。帰る?」
「それは嫌です。今は無理なだけで、意地でも本当に賢者がゆうちゃんなのかどうかはこの目で確かめます。絶対に。戦えるようにはなりましたし、前よりはたぶんマシですよ私」
「僕としては、多少は安心ではあるんだけど……うーん。大丈夫かな……」
「主様としては、私を帰らせた方が安心なんでしょうけど……」
どうしてもダメなら、ユリはそれに従う。
でも、許してくれるのなら傍にいたいと、そんな意思を込めてユリがヴェルディーゼを見つめた。
ヴェルディーゼはそれに息を吐き出すと、雑にユリの頭を撫で回した。
「帰らせたいっていうより、リィに……」
「リィ様のこと、すぅ〜っごく頼りにしてますよね、主様?? 私というものがありながら!」
「……やれることが違うでしょ。ユリに同じ力があるのなら、僕は間違いなくユリに頼ってるよ」
「それはそうなんですけど……適材適所ってことで、主様がリィ様に頼ってるのはわかってるんですけど……乙女心にそんなものは関係無いわけですよっ」
「リィに嫉妬してるのはわかったから。ユリとリィが同時に危険に陥ってるとしたら、僕は迷いなくユリを優先するよ。どっちも助けるけど」
「うへへ……流石、強くて優しい主様……ふへへ。大好きです……」
頬を自分の手のひらで包み、ぴょこぴょこと飛び跳ねながら言うユリにヴェルディーゼが目元を優しく和らげた。
その視線があまりにも甘いので、ユリはくねくねと身を捩って身悶える。
「んふぅ、ちょ〜っとだけ落ち着いてきました。今すぐ推定ゆうちゃんに会いに行けるほどじゃないけど……」
「焦らなくていいよ、ユリの手料理食べたいから。ゆっくり行けばたくさん食べられる。そのために食材も調達しておいたでしょ? ちょっと今回は何が食べられるのかの資料が無いからね」
「作りま〜す♪ 愛情をたっっっぷり込めて! えへへ」
ユリが頬を緩めながら言って、ヴェルディーゼに甘えた。
そして、チラリと空を眺めると、太陽が真上にあることを確認する。
「お昼の時間ですね。そろそろ休んでお昼にします?」
「……そうだね。けど、もう少し進んだら川があるから、そこで休もう。ここちょっと暑い」
「は〜い」
ユリが頷き、ヴェルディーゼに付いていった。
しばらく歩くと言われた通り川に到着し、ユリはヴェルディーゼに食材と調味料を出してもらって調理をする。
「うん、美味しい。いつもありがとう」
「ふへぇ、主様のためですからぁ〜♡ えへ、うへへっ」
「……なんか甘ったるい声してるね。精神が不安定で、僕に寄りかかってるから……? ルスディウナのせいじゃないといいんだけど……」
「んん、ルスディウナって人と接触はしてないです。それすら無いまま何かされてたらちょっとなんとも言えないですけど……どうですか?」
「……大丈夫だね。少なくとも、ユリは」
「?」
少し含みのある言い方にユリが首を傾げ、しかしすぐに思考を放棄して食事に取り掛かった。
味見はしたものの、改めて味を確認してユリが満足そうに微笑む。
食事を続けながらユリはそっと周囲を眺め、少し考え込むような仕草を見せた。
そして、ヴェルディーゼに向かって尋ねる。
「あの、主様。動物とかいませんけど……何かしてるんですか?」
「結界による気配遮断。それと、魔物除け人除け虫除け動物除けも重ねてあるよ。食事の邪魔されたくないし」
「わお、厳重。どうりでなーんにもいないわけですね。……魔法なら、生き物除けとかでいいんじゃ?」
「それだと周囲の植物が死滅しちゃうから……そこまでやると世界にも影響が出そうだし。ああ、そういえばだけど。ユリ、ギルドの説明聞いてた? 魔物を討伐した証を定期的に提出しないといけないんだって。ちょっと手頃な魔物見つけて練習しようか」
「……はーい」
目を丸くしてからユリがそっと微笑み、こくりと頷いて返事をした。
◇
一組の男女が、森の中を歩いている。
「ふぅ……疲れたね。ちょっと休もっか、龍くん」
「あー、そうだな。そろそろ昼飯時か。悠莉姉ちゃん、魔物除け頼めるか?」
「うん、任せて。――〝スキル発動、賢者の詠唱・〈魔物除け〉〟! ……うう、こういう世界なのはもうわかってるけど、未だに慣れないなぁ……結莉の好きだったラノベみたいで」
「まだ引き摺ってんのか?」
「しょうがないでしょ。こんなに早く親友がいなくなるなんて……思ってもなかった。……でも、結莉はここにいるんだよ。絶対に。だから、絶対に見つけ出して、今度こそ守ってあげなきゃ……って、ごめんね。この話、もう何回もしてるよね……」
「いや……まぁ、それで悠莉姉ちゃんの気がちょっとでも晴れるなら、何回でも聞くけどよ」
「うん、ごめんね……ありがとう。……あれ?」
悠莉姉ちゃん、と呼ばれた人物がふと森の方を見て、首を傾げた。
それに龍くんと呼ばれた人物は不思議そうにする。
「悠莉姉ちゃん?」
「……この匂いって……いや、でも……」
「おい、悠莉姉ちゃん? 大丈夫か?」
「……え、あ、ごめんね。なんでもない……」
悠莉姉ちゃんと呼ばれた人物、ふるふると首を横に振り、休憩に入る。
まだまだ未知は長い、しっかりと休憩を取らなければ、と。
「……」
森の中、川沿いで。
紅い瞳が、そんなやり取りをじっと眺めていた。
遠くから、じっと。




