天は二物を与えず
ごろりとベッドの上で転がって、ユリがヴェルディーゼの膝に頭を乗せた。
場所は冒険者ギルド近くの宿屋、その一室である。
とりあえずユリを休ませるため、ヴェルディーゼが一泊しようと決めたのだ。
「あ〜る〜じ〜さ〜まぁ〜、か〜ま〜ってく〜ださぁ〜い」
「寝たら?」
「寝れないんですもん。別にまだ夜じゃないですし。というか酷い、構ってほしいって言ってるのに開口一番にそれですか?」
「だってほら、さっきまで色んなこと想像してはジタバタして苦しんでたから……ユリは僕がいれば悪夢も見ないでしょ」
「そりゃそうですけど。主様の傍は安心安全ですからね! ……そうじゃない場合もあるけど」
ユリがそう言ってもぞもぞと身体を起こし、ヴェルディーゼの頬を両手で包んだ。
完全無欠ですみたいな顔をしておきながら、割と、というか大分ポンコツなところがあるヴェルディーゼである。
ヴェルディーゼならばユリのことを全身全霊で守ってくれる。
それをユリは疑いはしないが、本人が全力でも空回る場合はきっとある。
「天は二物を与えず……とは、確かに言いますけどね。……ん? 主様は至高の存在なのに、そんな主様に才能と欠点を与える天……? ……主様という存在を生み出してくれたことに感謝すべきか、それとも…………主様に欠点を与えやがってェ! うぉああああああ!!」
「うるさい、急に叫ばないで……いるかどうかもわからないモノに怒ったりしなくていいから」
「むぐぐ……! ……で、でも、だって、そんなの許せないじゃないですか!? ポンコツ主様は確かに可愛くて魅力的ですけど、でも、天から与えられたものなんて嫌じゃないですか!? もし主様のポンコツが天然物じゃないなら――」
「自覚はしてるけどポンコツって連呼するな、怒るよ」
ヴェルディーゼがそう言ってユリのことを軽く睨みながらその頬を引っ張り返した。
とてももちもちしていたので、ヴェルディーゼはそのまま頬を緩めてその感触を堪能する。
「あ、あぅ……やめへくらひゃい〜……ごめんなひゃあい」
「ふわふわでもちもち……ずっと触ってたい……何? 赤ちゃんなの?」
「うあ〜〜〜……ん、んんっ。……あの、そんなうっとりした顔で言われると恥ずかしいです。あといつもやってるのになんで急に……」
「……太っ――」
「それ以上言ったら冒険者ギルドに行ってこの人は変態だと言い触らします。イラスト付きで」
「ご、ごめん、冗談だから……」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあると思いますけど?」
「ごめん、僕はただちょっとユリが丸くなっても可愛いだろうなって……そんなに体型に頓着しないから……でも、じゃあなんでそんなにユリのほっぺは……」
強引に引き剥がされてしまったので、ヴェルディーゼがユリの頬を摘み直しながら首を傾げた。
それにユリは少し悩んだ顔をすると、へらりと笑いながら言う。
「さっき、悩みながらめちゃくちゃ自分のほっぺ揉んでたから……とか?」
「ああ、やってたね。……そんなすぐ柔らかくなる……?」
「聞かれてもわかんないですよぉ。もし違うなら、主様が癒やしを求めてる……とか……?」
「……確かに疲れてるな。癒やしは欲しい。……ふふ……」
「怪しげに笑いながら近付いてこないでくださ〜い」
ヴェルディーゼの手を振り払い、ユリが距離を取った。
しかし、その頬が緩んでいるのは構ってくれているのだとわかっているからだろう。
ユリはしばらく逃げて軽く遊んだあと、ぎゅっとヴェルディーゼに抱きついてその腕の中に収まる。
「んふー……落ち着く。……主様、疲れてるって言ってましたよね。私から見ると今はなんにもしてないんですけど、なにかしてるんですか? それとも、今までの行動で疲れた……?」
「創世神からの情報を纏めてたんだよ。急いでたのか、ぐちゃぐちゃでわかりづらいし、不足部分も多いから自分で補足もしておかないといけないから……じゃないと、いざという時に欲しい情報が確かめられないからね」
「はあぁ、そんな作業が……お疲れ様です。膝貸しましょうか?」
ユリがニコニコしながらそう提案すると、ヴェルディーゼが目を丸くした。
そして、ぱちくりと目を瞬かせ、軽く首を傾げる。
「いいの?」
「当たり前じゃないですか。ダメなわけがないです。いやまぁ、無理矢理頭乗せられたりしたら困るんですけど……」
「じゃあ遠慮なく」
「ふわぁっ、わっ、わぁああっ……きゅ、急にぃ……サラサラヘアーがぁ……っ」
「……」
「……あれ、主様……。……」
何の反応も返さないヴェルディーゼにユリが首を傾げた。
そして改めてヴェルディーゼのことを観察していると、何やら真剣な顔をして集中していることに気付く。
先ほども言っていた作業をしているのだろう。
「……」
ユリは表情を緩めて、邪魔をしないようそっとヴェルディーゼの髪を梳く。
手伝えればユリとしてはそれが一番なのだが、どう手伝えるのかがわからない以上は、できることは少ない。
ユリには、これくらいしかできなかった。
「ふへへ……」
「……幸せそうで何より」
不意打ちで呟かれた言葉に、ユリが顔を真っ赤にして震えた。




