ユーリ
しきりにヴェルディーゼから茶菓子を食べさせられ、困った顔をしながらもユリがすっと支部長とシリアを見る。
どうやら何か大切な話があるらしいが。
「……お気になさらず。この人は私が大好きなだけですから……」
「ユリ、これも美味しいよ。口開けて」
「あの、主様、これたぶん真面目な話――んむぅ」
相変わらず甘ったるい声で茶菓子を差し出してくるヴェルディーゼにユリは苦言を呈そうとしたものの、茶菓子で口を塞がれてしまった。
口元を手で隠しつつ、ユリが話を進めてほしいという目で正面にいる二人を見る。
「……あー。俺はレイド。ここの支部長だ」
「私は……シリア。あなたは、ユリでいいかしら?」
喋れない様子のユリにシリアが確認すると、ユリがこくこくと頷いた。
そして、ユリはヴェルディーゼに視線だけで自己紹介をするように訴える。
「……ヴェルディーゼ。冒険者になったばかりのただの旅人だよ。ね、ユリ」
「むぐ……んん。そんなことより、もう食べさせるのはやめてください……変な時間にお腹いっぱいになっちゃう……次わざとやったらご飯抜きにしますからね! しかも、野宿中の料理を抜きます! 主様の分だけ! 主様が大好きな私の手料理を抜きますっ」
「そ、それは嫌。ごめん……」
「ふんっ。……こほん、それで、ええと……応接室に移動してまで話したいこと、というのは……」
ユリがそわそわと二人を見ながら言うと、シリアとレイドが目配せをした。
そして、シリアが口を開き、ユリに尋ねる。
「賢者様のお名前は、知っているかしら?」
「ユーリ、ですよね? わかってると思いますけど名前が似てるだけですよ。別人ですよ」
「それは……ええ、そうなのだけれど……ユーリ様がね、言っていたのよ。自分とよく似た名前の子がいたら、教えてほしいって」
「……え……?」
ユリが胸元でぎゅっと服を握り締めながら声を漏らした。
戸惑うユリに、ヴェルディーゼはそっと腕を回して少しでも落ち着けるよう手伝う。
「……そんな、はず。だって……ユーリって。……そんなわけない。……だって、そんな……ゆうちゃんは……」
「もちろん、別人の可能性だってある。その賢者は、自分と名前が似た人を探してるんだよね? 特徴については何か言ってた?」
「……黒髪黒目。前髪は長め。大人しそうな雰囲気だけど、これは当てにならないかもしれない……と、この辺りね」
「特徴で言うなら、当てはまらないね。それでもその話をした理由は?」
俯き、そんなわけがないと繰り返すばかりのユリを抱き寄せながらヴェルディーゼが尋ねた。
すると、レイドがその問いに答える。
「賢者は、見た目は当てにならないかもしれないと言っていたからだ。……気分を害したのなら謝ろう。ただ、もし心当たりがあるのなら……会ってみてほしい」
「……そんな、はず。別人に決まってる……」
「わかった。……行こう、ユリ。立てる?」
「あ、主様……わ、私……」
「大丈夫。大丈夫だから」
動揺した様子で、動けそうもなくただ震える手でユリがヴェルディーゼの袖を掴んだ。
ヴェルディーゼはそれに無言で眉を寄せると、目を伏せてユリを抱き上げる。
「……話をしてくれて、ありがとう」
ヴェルディーゼは二人にそれだけを言い、部屋から出ていった。
そして、階段から降りることなく転移をして冒険者ギルドから出る。
人気の少ない建物の陰に転移したヴェルディーゼは、そっとユリを降ろすと心配そうにユリの顔を覗き込んだ。
「……大丈夫? ほら、深呼吸して」
「っ……ふぅ……はぁ、……すぅ……はぁ……ご、ごめんなさい、主様……凄く、動揺……しちゃって。……私……まだ、賢者が……ゆうちゃん、……親友だなんて、決まったわけじゃないのに」
「……」
ユリがそう言って、ヴェルディーゼの瞳を見た。
疑いに動揺、様々な感情が綯い交ぜになった、揺れる黄金色の瞳が、それでも真っ直ぐに紅色を見つめる。
「……主様。隠し事というのは、このことですか」
「……違う、って言ったら……まぁ、嘘になるだろうね。ただ……元から知ってたっていうのも、ちょっと違うんだ」
ヴェルディーゼが眉を寄せながら言うと、ユリが驚いたように目を丸くした。
ユリは、ヴェルディーゼはこのことを知っていて黙っていたのだとばかり思っていたらしい。
そう思われても仕方ないか、とヴェルディーゼは息を吐き出して、ユリの頭を撫でる。
「……僕が一緒に来ないかって誘ったのは……ここに、ユリと同じ日本人がいるからだった。同郷の人に会えば、ユリは前のことを思い出して……怒ったから、僕を侮辱されたからって、誰かのことを殺してしまうことは少なくなるんじゃないかって思ったから。このままじゃダメだとは思うから、なんでも試すべきだって……そう思って。……それが、ユリの知人……それも、親友と呼べるほど仲が良い人だったなんて、知らなかった。……言い訳に聞こえるかもしれないけど」
「……そんな、偶然……」
「……偶然じゃ、ないんだろうね」
ヴェルディーゼが呟いた言葉に、ユリがいつの間にか俯かせていた顔をぱっと上げた。
そして、その言葉の意味を問おうとして、ヴェルディーゼがそれよりも先に言葉を続ける。
「ユリ、君は死んだ。……もし、賢者というのが君の親友だとしたら……どうして、彼女はここでユリを探しているんだと思う?」
何も言えないまま、ユリが目を見開いた。




