冒険者ギルドにて
トッ、トッ、トッ……と、軽やかに靴で地面を叩き、ユリが大きな建物のすぐ傍でターンをして見せた。
そして、腰に手を当てて胸を張り、ドヤ顔で言う。
「冒険者ギルドカレータム支部! とうちゃ〜く!」
「案内したの僕だけどね」
「はいっ、ありがとうございますっ。さっすが主様、頼れる私の主様!! 私の!!!」
「声が大きい。静かにして」
「はい。……あのあの、主様。えっと、他の人がいる時って、主様のことなんて呼べばいいですか? いつも困るんですけど」
「……あー……うーん……まぁ、別にそのままでいいかな。そのローブ、ちょっと肌触りよく作りすぎたみたいだし、もう目立ってるから……勝手に良いところの子だとでも察するでしょ。部下にすらそんな上等なローブを着させられるくらい良いところの出なんだってね」
「主様は着替えてないんだから、私のこれが無くてもそう思われて当然なのでは……?」
ユリがヴェルディーゼが身に纏う礼服を見ながら言うと、ヴェルディーゼが目を丸くした。
そして、自分の格好を確認し、あ、と声を漏らす。
眉を寄せ、自分の頭を押さえたヴェルディーゼが絞り出すような声で言った。
「…………これ、この前もやった……」
「えぇ……まぁ、いいですけど。主様を主様以外の呼び方するの、ちょっと恥ずかしいですし。……前、めちゃくちゃ旦那様って呼ばされた……時もぉ……」
「あれは良かった。例え結婚してもユリは呼び方変わらなそうだし」
「主様って呼ばせてるのは主様の方では? まぁ今では自分から言ってるんですけど……エッ!? 結婚!?」
「一緒に住んでるんだから、ほぼ結婚してるようなものなんだけどね。……ユリ?」
「あ、あう、あああ……っ、主様のっ……タキシード……!? いや和服でもいいけど……えっ……あ、お……そ、想像だけで死ぬ……え……」
「……ああ、そっち……結婚式は、基本わざわざやらないからなぁ……」
ユリの想像が実現するかどうかは怪しいな、とヴェルディーゼが苦笑いした。
その顔を見てユリがハッとし、頬を赤らめながら咳払いをして改めて目の前の建物、ギルドを見る。
「カレータムってなんかカレーみたいで美味しそうですね」
「ユリ、冷静な顔してるけど全然冷静になれてないよ。ほら、入ろう。登録手続きはそんなに複雑じゃなかったはずだから」
ヴェルディーゼがユリの手を引くと、ユリが慌ててその隣を歩いた。
そして、ヴェルディーゼが扉を開けると、ユリは途端にビクッと震えてヴェルディーゼの後ろに隠れる。
中にいるのは大男ばかりで、迫力のあるわかりやすく強そうな人物が多かった。
ユリはそういう人にはそこまで馴染みが無いので、視線が急に集まったことも相まって驚いてしまったのだろう。
流石にこの状態のユリに任せるのは気が引けるので、ヴェルディーゼがユリを視線から守りつつ受付に向かう。
「冒険者登録の手続きをしたいんだけど……僕と、こっちの彼女も」
「了解いたしました。では、こちらに情報の記載をお願いします。字が書けなければ、代筆も可能となっておりますが……」
「大丈夫。……ユリ、怖がってないでこっちに集中して。意識してると余計に怖いんじゃない?」
「あっ……は、はい、主様。えっと……な、名前……」
ユリがヴェルディーゼの隣になり、そわそわと落ち着かない様子ながらも用紙に自分の名前などを書いた。
一応、この世界の文字をユリは知らないが、そこはヴェルディーゼが魔法でなんとかしているので問題無い。
「……よし。できました」
ユリがそう言って受付に提出し、そっとヴェルディーゼの服の袖を掴んだ。
ヴェルディーゼに身体を寄せ、不安そうにきょろきょろするユリにヴェルディーゼが頬を緩めて笑う。
受付が情報を確認している間、静かに二人が待っているとふとギルド内にいた大男の一人が近付いてきた。
「ひゃ……な、なんですかっ? 何か用ですか……?」
ヴェルディーゼの後ろから半分ほど顔を覗かせながらユリが尋ねると、大男がボリボリと頭を掻いた。
そして、少し困った様子で言う。
「あー、嬢ちゃん……口を出そうかどうか迷ったんだがよ。やめておいた方がいい」
「……へ? ……あ、あれっ……いい人……?」
「その結論はまだ早いと思うけど。……理由は?」
「冒険者って肩書きは確かに便利だ、登録しておきたい気持ちもわかる。だが……その身分の維持には、魔物を倒している証拠になるものが必要なんだ。魔物を倒すんだぞ? そんな華奢な身体じゃあ、ちょっと無理があるんじゃねぇか? 兄ちゃんだって、そんな細くて――」
「は? 今主様のこと弱そうって言いましたか??」
「言ってないと思うよ。ユリ、落ち着いて。威嚇もしない」
細いという言葉に反応してユリが噛みつくと、ヴェルディーゼがその両手首を掴んで武器を出さないようにしながら言った。
ヴェルディーゼのジト目が後ろから突き刺さり、ユリはむっとしながら振り向く。
「だ、だって! 主様が弱いはずなんかないのに!」
「少なくとも傍から見れば僕は細くて戦えるようには見えないよ。ユリは僕のことを色眼鏡で見すぎ」
「ふぐっ……うぅ〜……主様には絶対的強者の覇気がぁ……」
「子どもじゃないんだから、どうしようもないことで駄々捏ねない。それはユリにしか見えてないものだよ」
「ひどぉい……。……うぅ、わかりました……あの、えっと……冒険者さん。忠告、感謝いたします。でも、大丈夫ですよ。元より旅人なので、魔物に遭遇することもあります」
ユリが苦笑いしながらそう言うと、大男が目を丸くした。
そして、少し迷いながらも問いかけてくる。
「そうか……これも、余計なお世話かもしれんが……逃げるのと戦うのとじゃ、大きな違いがある。ちゃんと理解してるか?」
「はい。大丈夫ですよ、私も主様も、見た目よりずぅーっと強いんですから! ――そう、主様はチート。馬鹿みたいな実力の! チート――!」
「もういいから落ち着いて」
ヴェルディーゼに口を塞がれ、ユリが目を丸くしてからふんにゃりと微笑んだ。




