止めなかった理由
女性から色んな話をしてもらったユリは軽い足取りでヴェルディーゼに駆け寄り、少し戸惑った顔をしながらも敬礼をしてみせた。
そして、嬉しそうに微笑むと報告をする。
「お話、聞けましたっ。勇者さんの目的地付近の村に行くのと、冒険者として登録するといいそうですっ。……報告するまでもなく聞いてたっぽいけど……」
「そうだね。まぁ、纏めてくれてありがとう。あの村は、これで大丈夫そうかな……」
「結局、あの人って何者だったんでしょう……? 色んなところに顔が利くって言ってましたけど……わかってて声を掛けさせた、って言ってましたよね? あの人が誰なのか、知ってるんですか?」
「いや? でも、雰囲気と仕草で高貴な身分だっていうのはわかったから、任せられるかなって。高位貴族とか、王族とかじゃない?」
「ひえっ!? ……と、一瞬思いましたけど、よく考えたらクーレちゃんは王様だし、ネリル先輩は公爵令嬢……メルちゃんも……よく考えたら、凄い人いっぱい……」
ユリがそう言って遠い目をした。
それを言えば、ユリだって一応良家の娘ではあるのだが。
本来は然るべき教育を受け、淑女然とした立ち振る舞いをすることになっていたのかもしれない、とユリが更に遠い目をした。
「……良い教育は既に受けてると思うけどね……」
「そうですかぁ……? というか、しれっと心読みましたか今。久々だぁ」
「……ほら、ユリ……楽器弾けるでしょ。ピアノ。凄いやつ家にあったの知ってるよ」
「少なくとも昔は弾けましたけど。たまーにアニソンとか好きな曲とか弾いてましたけど……な、なんか恥ずかしくなってきたのでこの話は終わりです! もう掘り返さないでくださいね! それより今後の行動ですよ!」
「……そうだね。とりあえず先にアドバイス通り冒険者として登録しておこうか。よろしく」
「別にいいんですけど、なんかすっごい私に任せてきますね……? 大丈夫ですか? お酒のせいで調子悪くなったりしてませんか?」
ユリがそう言って首を傾げ、心配そうにヴェルディーゼを見上げた。
するとヴェルディーゼは目を丸くし、苦笑いしながら首を横に振る。
そして、ユリを安心させるようにその頭を撫でて、ユリに色んなことを任せる理由を明かした。
「ユリが頑張ろうって気合入れてる姿とか、頑張ってるところとか……眺めてるのが楽しくて……」
「そ……っ、な、そっ……は、恥ずかしいんですけど。私、主様、疲れてたりしてるのかなって……てっきり……」
「まぁ、僕は基本魔法に頼ってやってたりするし、ユリに任せられることは任せようと思って。会話は……ユリ以外だと僕はそんなに愛想良くないから……僕が色んなことやってるとユリの精神衛生上あんまり良くないみたいだし、積極的に任せようかなって。どう? 大丈夫?」
「そりゃ……主様のためですし、大丈夫ですけど……私、若干人見知り入ってますけど、普通の対応自体はできますし」
「戦闘とかはもちろん引き続き僕がメインでやるよ。特に人型」
ヴェルディーゼがそう言うと、ユリが少し俯いた。
そして、自分の指同士を絡めさせながら、ユリは遠慮がちに言う。
「でも……いいんですか? 私は……慣れるべきなんじゃ」
「殺しなんかに慣れていいことなんてないよ。僕はもう散々やってきてるからユリを怒れる立場じゃないだけ」
「その……交流区で。手加減を練習したあと……私が怒って……鎌を取り出した時点で、主様は止められたはずなのに……? 私、主様の目の前で殺しました」
「うん、そうだね。フィレジアに凄く怒られた。たった一回でも、止められるなら止めるべきだったって。正論だと、思うけど……でも、僕は、ユリに嫌われるかもしれないことも承知の上で……止めなかった」
「え……?」
ユリがきょとんとすると、ヴェルディーゼが苦笑いした。
そして、その白銀色の髪を指先で弄りながら言う。
「僕は、どうしても失いたくないんだよ。だから……怒りさえすれば、殺せるのなら……きっと、安心できるって思った。いざという時は、ちゃんと行動できるって。それが、悪いことでも……安心を得たかった。僕の我儘で止めなかった。……だから止めなかったのに、それを明かすことすら……ユリから聞かれるまでは……。……それに、ユリが一人で殺した時も……見てたのに。それでも、安心できなくて……」
「……そんな苦しそうな顔しなくて大丈夫ですよ。嫌ったりしません。私だって、もう二度と……そう、絶対に。もう二度と。主様と、離れ離れになんてなりたくありませんから。だから、大丈夫です。誰が主様のことを責めようと、私は責めたりしません」
「……ごめんね。……絶対に、最後の一線だけは超えさせない。それだけは、約束するから」
「もう殺しはしてるのにですか?」
「そのもっと奥にある線は超えさせないよ。……今のユリは、それすらしてしまいそうな危うさがあるから」
具体的なことを言わないヴェルディーゼにユリは首を傾げ、ただただ不思議そうにその顔を見つめていた。




