怪しいおもてなし
しばらく歩き、転移地点から見えていた村に到着した二人は、現在村長からもてなしを受けていた。
多少質素ながらも、家庭的で美味しそうな料理が机に並べられており、何かをしたわけでもないのに料理を振る舞われている二人は戸惑ったようにアイコンタクトを取り合っている。
「……えっ、と……村長さん。私たちは、ただ旅をしている者で……偶然この村に立ち寄っただけですよ。それなのに、こんなにももてなしていただく必要は……その、無いと思います。あと、あの、言いづらいのですけど、量が多いので……食べきれないと思います。どうか私たちより村の人たちに振る舞ってください」
「いえいえ、そんな……この村は、見た目ほど貧しくはないのですよ。どうか遠慮なさらず」
「いや、あの……無駄にしちゃうので……それはダメです。絶対ダメです。気合で食べるにも限度があるでしょう?」
「いえ、しかし……」
「……そこまで私たちをもてなしたい理由を、聞かせていただけますか? そこがわからないからには、こんな豪勢なもの……受け取れません」
ふるふると首を横に振ってユリが言うと、村長が口を閉ざした。
ユリとしても、もてなしてくれるのは素直に嬉しい。
しかし、如何せん料理の量が多い。
机のギリギリまでお皿が置かれ、そこには大量の料理が盛られており、どうやっても食べ切れそうにない。
扉の影から覗く村人たちの気配と期待に満ちた視線が伝わってくるので、断りづらくはあるが、心当たりもないのにここまでもてなされると怪しくも見えてくる。
理由もわからずに料理を口にするわけにはいかなかった。
「……少し前の話なのですが……この村は、流行り病に冒されていたのです。原因はあくまでも病と、お医者様は判断してくださいました。しかし……この村は呪われているという噂が広まってしまい……昔は旅人や他の村の人が交流に来ていたというのに、誰も来なくなってしまったのです。しかし、そんな中で! あなた方がようやく、この村に訪れてくれたのです! ああ、いつぶりでしょうか……ようやく、ようやく……! この村は……!」
「……こほん。村長さん、落ち着いてください。こんなにもはしゃいで、私たちをもてなしてくれる理由はわかりました。失礼かもしれませんが……流行り病の方は、今は落ち着いていますか?」
「ええ、ええ。もちろんです。そうでなければ、村に入れてはおりません。どうでしょう、そろそろ……」
「……あっ、そうだ。つまり今日は、久々に村にお客さんが訪れたおめでたい日……ということですよね? なら、いっそ宴会にしてしまうのはどうでしょう。この量は食べ切れませんから、みんなで分けていただくんです。どうですか?」
ユリがニコニコと微笑みながら村長にそう提案すると、村長が目を丸くした。
そして、少し考えた後に笑顔を浮かべて言う。
「それは――それは、名案ですなぁ! なるほど、宴会……!」
「食材がちゃんとあるなら、ですけど。それと……お料理、手伝いしましょうか?」
「いえいえそんな、お客様はのんびりとお待ちください。少しずつで構いませんので、この料理でも摘みながら……私は村人たちに宴会のことを伝えてきます。すぐに準備をさせますから、楽しみに待っていてください」
「焦らなくて大丈夫ですからね。怪我には気を付けるよう、みなさんに伝えてください」
ユリがそう言って村長を見送り、こちらの様子を窺っていた村人たちの気配も消えたことを確認してからユリが息を吐き出した。
そして、ずっと沈黙していたヴェルディーゼをじとりと睨み、じりじりと距離を詰めていく。
「主様ぁっ、会話は私に任せるとは確かに村に入る前に言われましたけど! 一言たりとも発しないのはどうなんですか!?」
「うんうん、頑張ってくれたね。ありがとう。緊張した? 大丈夫?」
「え、ぅ……ご、ごごご誤魔化されませんからっ。甘やかして誤魔化そうとしたって、そうは行きませんからね! 少しくらいは喋る!」
「……別に喋りたくないわけじゃないし、それはいいんだけど……うーん……」
「……なにか気になることでもありましたか?」
ヴェルディーゼが眉を寄せて難しい顔をするので、ユリが表情を真剣なものへと変えながら尋ねた。
ユリが纏う雰囲気がピリッとしてきたので、ヴェルディーゼが頭を撫でて落ち着かせつつ息を吐き出す。
「……魔法を使えれば、すぐにわかるんだけど。僕は世界に影響を与えやすいから、こんなことで使うわけにはいかない。……先入観を与えたくないから、何も言わないでおくよ」
「何かあるって言ってるようなものなのでは……?」
「だって、何も言わずに隠し事すると怒るし……具体的なことさえわからなければ、いいよ。僕は既に怪しまれているだろうからいいけど、ユリまで怪しまれるとちょっとね……まぁ、無警戒にはならないように」
「はい。……お料理、食べてもいいと思います?」
「……」
ユリの言葉にヴェルディーゼが軽く首を傾げ、料理を自分の口に放り込んだ。
ユリが目を丸くしていると、食べ物を飲み込んだヴェルディーゼが頷く。
「……うん。変なものは入ってないよ。食べて大丈夫」
「立場的に、毒見をするべきは私なんですけど……びっくりしましたよ、もう」
「そう? ……まぁ、僕は毒なんか効かないからね。警戒が必要な時は先に僕が口にするよ」
「……苦しいのは嫌ですし……まぁ、はい」
それでいいのかとは思いつつ、ユリがこくりと頷いた。




