地下室にて
自分が起こしてしまった惨劇、血みどろの殺人現場のような有り様の中で、ユリがどうしようかと考える。
とりあえず、生死を確認するべきかとユリがちょいっと鎌で男を突付く。
しっかり刃の部分でやっているので、肌が更に切れていた。
が、そんなことは意に介さずユリは確認を続ける。
「……ぴ、ぴくりともしない。死んでる……? ……つい、カッとなって……殺すつもりは……。……ちょっとだけ、死ねばいいのにとか思っちゃったけど。だ、だめだめ、そんな物騒なの……でも、それで、主様の役に立てるのなら――」
「へぇ、殊勝な心掛けだね」
後ろから掛けられた声にユリがびくりと肩を跳ねさせ、そっと振り向いた。
綺麗な微笑を浮かべて、ヴェルディーゼがその紅い瞳でジッとユリを見つめている。
口元では笑って、目は真剣そのもの。
目の笑っていない笑顔を浮かべているヴェルディーゼに、ユリは一歩後ずさる。
「どうしたの? ユリ。僕から距離を取るなんて珍しい。怯えてる?」
「……ぁ、いや、あの」
酷く喉が乾いている気がして、ユリが喉元に手を当てた。
上手く声が出なくて、ユリは泣きそうな顔でヴェルディーゼを見上げた。
「……はぁ」
と、そんな吐息とともに、ふっと空気が軽くなってユリが目を瞬かせた。
喉が通るようになって、ユリは戸惑いながらヴェルディーゼを見る。
「色々言いたいことはあるけど……先ずは、そうだね。無事で良かった。何かあれば、リィに守ってもらうようには頼んでたけど……」
「リィ様……? それって、いつから……」
「最初からずっと。襲われる可能性があるのはわかってたし……ユリの様子がおかしいから、念のためにね。大丈夫? 怖くなかった?」
「……怖かったです。主様が」
ユリが少し拗ねたような顔をして言うと、ヴェルディーゼが苦笑いした。
そして、少ししゃがんでユリと目線を合わせながらその頭を撫でる。
ユリはすっと目を逸らして、しかし抵抗はせずにそれを受け入れていた。
「威圧はしてたからね。ユリの異変が見れるかもと思って泳がせたのは僕だけど……まさか、駆けつけたらこんなことになってるとは思わなかったから。怖がって誰かを傷付けるなんて全くできなかったのに。流石に叱らないとなぁ、ってね」
「……」
「……だんまり? それとも、ユリ自身もわかってないから何も言えない?」
「……いえ……主様が、怖くて……言葉が上手く、出てこなくて」
「ちょっと怖がらせすぎたね、ごめん。声も出なくなるなんて思ってなかったんだけど……僕が思ってるより怖いのかなぁ。……まぁいいや、続きは城でやろう。死体処理は任せてくれていいからね」
死体とはっきり言われ、ユリが肩を跳ねさせた。
そして、一拍してから頷いて、ヴェルディーゼの手に触れる。
するとすぐに目の前の景色が変わり、ユリが周囲を見回せばそこは――地下室だった。
「ひぃっ!? ち、地下室っ……!?」
「殺しを咎めるつもりはないよ。僕も散々やってきたことだからね。それを経験してない神も極少数だろうし。ただ……ちょっと色々、言っておかないといけないなぁって思ってね?」
「ぁぅ……」
「先ずは、そうだなぁ。ユリ……僕のために、苦しみながらやったのなら、もう絶対にやらないで。そんなことをユリがする必要は無い」
「……そう、いうわけじゃ……」
「そう。なら、軽々しくそんなことはやらないで。少しでも後悔するかもと思うなら、やっちゃダメ。些細なことが切っ掛けでそんなことをするのもダメ。……わかった?」
「はい。……今回は……その……相手が、主様のことを舐めてたから……それで、私、怒っちゃって。……ごめんなさい」
ユリが肩を落としながらそう言って頭を下げた。
ヴェルディーゼはそれに目を眇め、ユリの頭を撫でながら顔を上げさせる。
今も、ユリの表情に苦しみは見えない。
怒られたことに落ち込んで、反省して――それだけである。
「……封印のせい?」
ふとヴェルディーゼがそう口にすると、大げさにユリの肩が跳ねた。
そして、ユリは数秒ほど沈黙した後に、重苦しく頷く。
「……はい。これが、その……ルスディウナって人の干渉の結果なのかとかは、わかりません。だけど……あそこで、あの人を……私を封印した人を倒せていたら……殺せていたらって思ったら……同じようなことを、ずっとぐるぐる考えてたせいかもしれませんね。……いつの間にか、抵抗感とか……忌避感とか、なくなってて……」
「……ユリは……それを、どう思う? 殺しを躊躇わなくなって……嫌?」
「……わかりません。でも、主様の役に立てるかもしれないのなら、それは嬉しい、です。誰かを殺す必要は、別に無くて……でも、戦えるようにはなったってことでしょう?」
「そうだね。……それでいい。それがいいよ。なら、次の仕事までに手加減を覚えようか。教えてなかったわけじゃないけど……より本格的に、より厳しく……ね」
「ひえっ……よ、よろしくお願いします……」
より厳しく、と口にするヴェルディーゼに、ユリが頬を引き攣らせながらも頷いた。




