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最高位邪神と転生眷属のわちゃわちゃはちゃめちゃ救世記  作者: 木に生る猫
再会の世界

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波立たない感情

 もじもじ、そわり。

 ユリがヴェルディーゼの傍で落ち着きなく身体を揺らす。


「……ん、ぅ。……うぅ……居心地悪い……」

「……だから言ったのに。噂ができることはわかってても、こっちはわからなかった? 僕を悪し様に言うようなのは大体プライド高いよ。僕との差を認められないんだからね」

「事実なんでしょうけど、主様って自分の実力をめちゃくちゃ高く見て、それを普通に口にしますよね。……それが、自慢に聞こえるのでは……?」

「配慮しないとダメかな。場合によっては僕に攻撃すらしてくるような奴らに」

「とりあえずそういう人たちが嫌いなのはわかりました。落ち着いてください」


 目付きを鋭くして、不機嫌そうに目を逸らすヴェルディーゼの頭をユリが撫でた。

 つま先立ちになっているので、ヴェルディーゼがそっとしゃがんでユリに負担をかけないようにしつつ優しく抱き締める。


「……ユリ。過激な奴らは、手を出してくるかもしれない。もう帰ってもいいけど、どうする?」

「……。……折角のデートなのに、ですか? ちょっぴりだけ視線は気になりますけど……――主様を! あんな風に言う! あの馬鹿神様たちに!! ……配慮して帰る必要なんて無いと思うんですよ」

「配慮はしてないけど。ただ、ユリに危害を加えられる可能性があるから、日を改めた方が……」

「いーやーでーすー。私と主様が帰ったら、主様を悪く言う人たちが喜んじゃうかもしれないじゃないですか。積極的に嫌がらせとかは好きじゃないですけど、喜ばせたくもないです。……それに、せっかく主様に可愛いって言ってもらおうと頑張ったのに……まだあんまり言ってもらってないし……」

「可愛い。口に出さなかっただけでずっと可愛いとは思ってたから大丈夫だよ、安心して。ただ可愛すぎてちょっと警戒が疎かになってる気がする。ごめんね。もじもじしてるの可愛いね」


 ぼそりとユリが拗ねたように呟いた言葉を聞いて、ヴェルディーゼが即座に可愛いと繰り返し始めた。

 すると、瞬く間にユリの頬が熟れた林檎のように真っ赤になる。

 ユリがぷるぷると震えてヴェルディーゼに抱き着き、その顔を隠した。

 耳の先まで赤くなっているのでもちろん今も照れているのはバレバレである。

 またヴェルディーゼの思考が可愛いで染まった。


「……ぅや。……あ、主様……」

「うん、どうしたの? かわい……んんっ、そうじゃなくて、えーと……ちゃんと聞いてるよ。何? 帰る?」

「あ、あの、あのぉ……ちょっとだけでいいので、距離を……」

「嫌だ。危ないし」

「そこをなんとか……」

「ダメ。絶対ダメ。それやるなら帰るから」

「……こ、この羞恥をどうしろって言うんですかぁ。処理できないぃ……」

「可愛いからそのままでいいよ」

「私が無理なんですってばぁ! 顔上げれない……無理……」


 顔を隠したまま涙目になりながらユリが言うと、ヴェルディーゼが無言のまま微笑んだ。

 そして、その頭を撫でると、そっとその顔を見ようとする。


「……っ!? 〜〜ッ!」


 声も出せずにユリが顔を真っ赤にし、ヴェルディーゼから距離を取るように逃げ出してしまった。

 あ、とヴェルディーゼが声を零し、わけもわからずに走り出してしまったのであろうユリの後ろ姿を眺める。

 追いかけることは、容易だが――


「……時々黙り込んだり、張り詰めるような雰囲気になるのも気になるし……申し訳ないけど、少し泳がせるか。……護衛は、リィに……僕はゆっくり追いかけるかなぁ」


 ヴェルディーゼがそう呟いて、その紅い瞳をそっと細めた。


 ◇


 そして、つい逃げ出してしまったユリはと言えば、迷い込んだ裏路地で深く息を吐き出していた。


「……ど、どうしよう。危ないからって言われてたのに……主様、どこ……? 私、どっちから走ってきたんだっけ……お、怒られる……」


 裏路地の真ん中でユリが立ち尽くし、不安そうな顔をしながらきょろきょろと周囲を見回す。

 何度見ても同じような建物が並んでいて、もう自分がどちらから来たのかすらわからない。

 ユリがどっちに行こうか悩んでいると、ふとチリリと首筋に痛みのようなものが走った。

 あまりにも軽いそれは、傷が付けられたことによって走ったものではない。

 悪意、敵意、あるいは殺気。

 そんなものを、ふと感じ取ったことによるものである。

 ユリが咄嗟に鎌を取り出して、警戒するようにスッとその黄金色の瞳を鋭くする。


「……そこぉっ」


 そんな声とともに、ユリが唐突に鎌を投げた。

 くるくると回転しながら何の変哲もない壁へと鎌は迫り、壁に激突――しなかった。

 途中で鎌が不自然に軌道を変え、ユリは目を丸くする。


「案外大したことないんだな。これならやっぱり……」


 鎌の軌道を変えた男が呟いて、ユリがいた場所を見る。

 既にそこにユリはいなかった。

 男が警戒を膨らませた直後、その耳元で可愛らしい声が囁かれる。


「あなた、主様のこと舐めてるんですね?」


 鋭い斬撃が、ユリを襲おうと目論んでいた男を斬り裂いた。

 血が吹き出し、裏路地が血で染まる。

 男は、死んではいない。

 両断はしていないので、治癒もせず放置でもしない限りは死ぬことはないだろう。

 ――斬撃を、もう一度。


「……ああ、やっぱり……私……もう、躊躇わないんですね」


 それを為したユリは、自分の手のひらを見て、酷く無感情な自分の胸に手を当てる。

 あんなにも恐れていたことだというのに、今は何も感じない。

 僅かにも、その感情が波立つことはなかった。

 計らずも確かめたかったことを確かめることができた。

 もしかしたら、一言くらいは感謝するべきかもしれない、なんてことを思いながらユリは俯いて、独り言を呟く。


「……主様が知ったら……どう思うんでしょう。変わってしまった私を見て、悲しむ? 嫌がる? ……それとも……喜んで、くれるのかな……」


 独り、ユリは呟く。

 物陰から覗く紅い光を、ユリはまだ知らなかった。


「……ああ……神様って、思ったよりも脆いんですね。主様が、特別なだけで……。……怖い、なぁ。……変わっちゃった……バレたくない……。……会いたく、ない」


 ユリが紅の存在を知るまで、あと、数秒。

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