次のデート
「……むぅ〜……」
ユリがぐるりぐるりと、部屋の中心で回っている。
真剣な眼差しでジッと天井を注意深く観察し、時折手を伸ばしては眉を寄せ、肩を落とす。
「……むむぅ〜……」
ぐるぐる、ぐるぐるとユリが回り続ける。
必死に何かを見つけようとして、しかしどうしても見つからなくて、ユリは落ち込んだように足を止め、目を伏せた。
「……う、わ、わ……!? 目、目がっ……」
ずっと回っていたので、目を回してしまいユリがよろりと体勢を崩した。
そのまま転びそうになってユリが地面に向かって手を伸ばした時、後ろから抱き締められるようにして転ぶのを阻止された。
そのままの体勢でユリが上を見ると、不思議そうな顔をしたヴェルディーゼがユリを見下ろしている。
「何してるの?」
「……へ、へへ……目が回って、転びそうに……」
「それは見てたからわかってる。なんで回ってたの? ……あ、そうだ。ただいま、仕事終わったよ」
「あっ……おかえりなさい、主様! 終わったんですね! あと主様が仕掛けた私を監視しておくための魔法を探してました! 修行になるかと思って!」
「ああ……それでぐるぐるしてたんだね。場所は……さっきはどこにあったっけ。もう解除しちゃったな……」
ヴェルディーゼがそう呟きながら部屋を眺め、扉の方を指さした。
そして、ユリの頭を撫でて言う。
「さっきは、扉の辺りにあったよ。移動させながら見てたからわかりづらかっただろうね」
「う、動くんですか!? そんなの知らない……ずるい……」
「見つけようとするとは思わなかったから……結構頻繁に動かしてたよ」
「なんでですかぁ、恥ずかしい……。……変なアングルにしてないですよね? 一応、主様がずっと見てる前提で行動してました、けど」
「確認したらもっと恥ずかしくならない? もしもユリが危惧してるようなことしてたら……」
「誤魔化そうとしてませんか。否定しないならそういうこととして受け止めますけど?」
「……勝手にユリが恥ずかしがるようなところを覗くとかはしないよ。嫌われたくないし、そういうことして受け止められる余裕が今のユリにあるのかわからないし」
「大丈夫ですってばぁ。もう、主様ったら心配性なんですからー」
ユリがそう言ってヴェルディーゼに抱きついた。
数秒ほどそのまま何も言わずハグを堪能してからユリが少し離れ、ベッドに腰掛けながら上目遣いでヴェルディーゼを見上げる。
「あの……お仕事、どうでしたか? 大丈夫でした?」
「うん? ああ、大丈夫だけど。そんな大したことは無かったし、ルスディウナとは関係無さそうだったよ。不安になったの?」
「私もですけど、主様だって危ない目に遭ってたじゃないですか! だから私、すっごく心配で……ずっとそわそわしてたんですからね」
「してたね。そわそわ落ち着きなく動き回って、ベッドの上でジタバタしたりとか、きょろきょろ部屋を見回したりとか」
「全部見られてるぅ……」
「なんであんなことしてるのかよくわかってなかったけど……ふふっ、そっか。心配してたんだね。ありがとう」
ヴェルディーゼがそう言ってユリの頭を撫で、隣に腰掛けた。
そして、少し嬉しそうに微笑みながら言う。
「さて、ユリ……デートの話をしようか」
「デート!? えっ……デート!!? 本当ですか!?」
「うん、あんなことがあった直後に一人にしちゃったし、それくらいはね。まぁ、あんまり外に出したくはないんだけど……ずっと閉じ込められてたのに、また閉じ込めるのもね」
「解放されてすぐ地下室とやらに私を閉じ込めようとしたくせに。んふっ、まぁいいです。デートって聞いてすっごく気分いいですし、そもそもここじゃ閉じ込められてる感じも無いですし、主様に閉じ込められるのはまぁ多少落ち着いた今なら別に満更でもないですし!」
「……ふぅん。多少、ね。多少は、落ち着いたんだね? ……やっぱり気分転換は必要そうだな」
「あっ、いや違っ……く、ないです、はい。ハイ……」
失言を誤魔化そうとユリが咄嗟に否定すると、ヴェルディーゼが無言のまま目を眇めた。
それと同時にその唇が綺麗に吊り上げられたのが恐ろしかったので、ユリは即座に方向転換し、否定から肯定へと言葉を変える。
「……それは、一人にしたから? それとも……」
「う、ぐっ……そ、それはぁ……そのー……えー……」
「ユリ」
「……はい。元からです。だ、だって、そんなすぐ落ち着けるわけないじゃないですか!?」
「別にそっちに怒ってるわけじゃないよ。平気みたいに振る舞ってるから言ってるだけ。言いづらいなら口にしなくてもいいけど、我慢はしないで」
「うぐぐ……お仕事前にはバレなかったのに。お咎め無しだったのに」
「我慢してる感じじゃなかったから言わなかっただけだよ。どちらかと言うと……他のことに気を取られてた印象、かな……そっちについて、白状してくれてもいいけど?」
ヴェルディーゼがそう言って首を傾げると、ユリがすっと目を逸らした。
言いたくなさそうなユリにヴェルディーゼが息を吐き出し、ぽんとその頭を撫でる。
「今は言わなくてもいいけど、大事なことならいつでも伝えてくれていいからね。……デート前に確認しておくけど……外、怖くない? 交流区に行くつもりだけど……」
「交流区、って……あそこですよね。あの……えーと、美味しい串焼きを食べたとこ。最初の誘拐前の」
「うん。ルスディウナと会う可能性もゼロではない場所だし、ユリの言う通り誘拐前に行ったところだし……でも、こっちだと他にいいところ無くて……」
「それは大丈夫ですよ、広いので」
「……ならいいけど」
ヴェルディーゼがそう言って肩を竦め、そっとユリの髪を撫でた。




