克服できないのなら
ヴェルディーゼと向き合い、ユリが深く息を吐き出す。
そして、改めてヴェルディーゼと目を合わせると、ゆっくりと口を開いた。
「……その……私には、トラウマがあるじゃないですか。……銃で撃たれて、死んだから」
「……そうだね」
「そして、今……私の中では、千年の年月が経ったことになっているわけです。その辛さを、軽減はされていたのかもしれません。そこまでの時間が経った自覚は無いですし。結構な軽減があったんだと思います。……それでも、死んだ時より辛かったかもしれません。なら……トラウマも、消える可能性はあると思いませんか?」
「まぁ……可能性としてなら、そうだね。そう簡単には消えないとも思うけど、ありえないわけじゃない」
「……私は。……私は、克服したかったんです。銃を克服しないと、ずっとは主様の傍にいられないから……この欠点を無くして、それで……。……でも、無理なんです。ずっと目を逸らしていて……封印から解放されて、少しは落ち着いてきた今……わかってしまったんです」
ふるふると首を横に振って、ユリが俯く。
そんなユリを見て、ヴェルディーゼがその頭に手を伸ばした。
すり、と甘えるように擦り寄ってからユリが少し距離を取り、言う。
「普通の子は……銃を突き付けられる経験なんて、ほとんどしないものです。不運なごく一部だけが、そんな経験をするだけで……だから、判明していないだけだった」
「……」
「私は……死んだ時のことを含めて、二度……銃を突き付けられているんです。私は、たまたま撃たれる前に警察が来て……運良く殺されませんでしたけど……幼い頃に、〝両親〟が銃で殺されたのを見て……それで……記憶障害も。銃で撃たれたその瞬間まで、私……何も覚えていなかったんです。それから、ずっと目を逸らし続けてきて……」
「……今の両親は……」
「両親二人とも、いなくなっちゃいましたから。〝お父さん〟と〝お母さん〟のところに、養子として……たぶん、遠い血縁なんだと思います。元の家は結構裕福だった感じですし、親戚多かったので」
「……よく覚えてるね。ずっと前のことでしょ?」
「夢に見るほど、今ははっきり覚えていますから。たくさんの大人に囲まれて過ごしていて……まぁ、両親を殺された瞬間以外だと、それくらいしか覚えてないんですけど。あと、生きてる方の両親のアルバムを見せてもらった時に死んでる方の両親いたので。友達って説明されましたけど、たぶん……」
ユリがそう言って控えめに微笑んだ。
ヴェルディーゼがユリの頭を撫でながら心配そうな顔をしていると、ユリは声を張り上げて言う。
「まぁ、とにかく! そんなわけで! トラウマは幼少期からずっとあったわけで! 銃が出てくる作品はちょっと避け気味でしたし! それだけ深く根付いているなら、無理なんじゃないかなーって! 思ったわけです!」
「……空元気……」
「う、ううううるさいですねっ。なんなんですか! 私が頑張って過去について伝えたのに!!」
「うん、頑張ったね。えらいよ。話してて辛くなかった? 大丈夫?」
「ふぇぁっ……!? だっだだだっだっだだ大丈夫ですけど! 大丈夫ですけど! なんですかもぉ!」
ヴェルディーゼに抱き締められ、背中を擦られながらユリが叫んだ。
赤く染まった頬を眺めてヴェルディーゼがにまにまと緩んだ笑顔を浮かべつつ、ユリと目を合わせ直して言う。
「それで? 自分の過去について伝えたかったのと……トラウマは、克服できないかもって?」
「は、はい、そうですけど……」
「いいよ。克服したいのならいくらでも付き合うし、怖いのなら別にいい」
「……で、でも……怖いけど、主様の傍にいるためには……」
「克服しないまま、できないまま、対策を練るでもいいよ。ユリはどうしたい?」
「……えっ、と。それは……考えたことなかったです。私……克服しなきゃって、ずっと……でも、ずっと……勇気が出なくて」
「対策を練ってどうにかできるのなら、それでいいんだよ。ユリ……そんなにも恐れているものを、無理して克服する必要は無い。……対策を続けて、ほんの少しずつでも慣れるのを待ったっていいしね」
ヴェルディーゼがそう言って、ぽんと頭を撫でてからユリを離した。
ユリはそれに名残惜しそうな顔をして、しかしすぐに首を横に振る。
そして、真剣な表情をして言う。
「わかりました……トラウマに限らず、私の〝欠点〟をどうにかする方法……考えてみます。……克服じゃなくて、対策という方面でも」
「うん、ちゃんと僕に頼るんだよ。……さぁ、疲れたでしょ。そろそろ寝よう。僕も、流石に疲れた……」
「そうです、よね……はい。一緒に寝ましょう」
ユリがそう言ってヴェルディーゼにしがみつき、そのまま目を閉じた。
――殺せるようになれば、主様の役に立てる。
そんな意思とともに、ユリは眠りに落ちる。
そして、そんなユリを腕の中に抱えたまま、ヴェルディーゼは小さく笑った。
「……時々、ユリのことを愛してるのに……冷たい思考が過る。冷静になる……ふ、ふふっ。……そうか、そういうことだったんだね……これに気付かせてくれたルスディウナには、感謝しないと。……そして、ユリに手を出したからには――必ず、報復を」
優しくユリを抱き締めながら、その瞳に冷たい光を湛えて、ヴェルディーゼが宙を睨む。
以前とは変化した思いをそれぞれの胸に抱きながら、二人は、静かな夜をともに過ごした。
これにてこの章はおしまいですー!
ありがとうございました!




