同じ感情で、交わし合う
パリンと、何かが割れた音がする。
ふわりと柔らかな光を伴って、白銀が姿を現した。
飛び出すような勢いで現れ、体勢を崩しているユリはそのままぽすりとヴェルディーゼの腕の中に収まり、目を丸くしながらヴェルディーゼを見上げてくる。
「……主、様……? ……わ、わたし……」
「う……うあ……っ、ご、ごめん、ごめっ……」
どうにか封印を解除しようと、ユリに呼びかけながら試行錯誤していた。
今の全身全霊を込めて魔力をぶつけたり、これまでの生で得てきた知識を総動員もした。
呼びかけて、呼びかけて、色んな手段を試して――詳細な内容までは聞き取れずとも、返ってきた声に励まされて無理矢理にでも封印を破壊した。
なんとかなった、助けることができたという安心感で、これまでの疲労も相まってヴェルディーゼはユリを抱き締めたままへたり込んでしまう。
その目尻から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「だ……大丈夫ですか、主様……? ……え、えっと。こほんっ……私は無事です! きっと、苦しい思いをさせてしまいましたよね? もう大丈夫ですから……私は離れません。だから、泣き止んで……」
「……泣いてない」
「え、泣いてますよ……?」
「……泣いてない、から……ユリ、おいで。僕のために、そんな風に頑張らなくて、大丈夫」
ヴェルディーゼがそう言って強くユリを抱き締め、その頭を抱え込んだ。
するとユリは唇を震わせ、ぎゅっとヴェルディーゼの服を握り締めながらぐりぐりと顔を押し付ける。
「こわ、かった……! どれくらい経ったのかもわからなくて……ずっと、ずっと、ひとりで……苦しくて……自分の声が、頭に反射して……それで……嫌な考えが、頭から離れなくて……! 主様が全然助けに来てくれないのは、愛想を尽かしちゃったからなんじゃないかって……!」
「そんなことないよ。僕はずっと、ここで封印を解く方法を探してた。大丈夫、愛想を尽かしてなんかないからね……遅れて、ごめん」
「うぅ……主様、主様っ……主様、も……よ、よく、頑張りました、ね。えらい、ですよ」
ぐすぐすと嗚咽を漏らしながらユリが言い、笑顔を浮かべてヴェルディーゼの頭を撫でた。
更にその瞳から涙が溢れ出し、お互いに宥め合いながら二人は小さく笑う。
どちらからともなく二人はそっと更に距離を詰めて、唇を重ね合わせた。
「……んぅ。主様……」
ぽぅっと赤く染まった頬と潤んだ瞳を直視してしまい、ヴェルディーゼは目を逸らしながらそっとユリを立ち上がらせる。
そして、一つ息を吐き出して真剣な眼差しをユリに向けると、その頭を撫でながら言う。
「まだ、気は抜けない。……心はぐちゃぐちゃのままだけど……帰ろう。続きは、城に戻ってから」
「……続き……」
「あっ、いやそっちじゃ……まぁそっちでもいいか。うん……いや、今はそんな場合じゃなくて。どうやってこの世界から出ればいいのか、僕もまだわかってなくて……まだ、もう少しかかるかもしれない……ごめん」
「ふふ……感動的なムードが台無しですよ、主様。戻れないのは……大丈夫です。主様がいてくれますから……離れさえ、しないのなら――」
バキン、と地面に亀裂が入った。
え、と声を漏らしたのはどちらか、それすらもわからぬまま瞬く間に地面が崩壊し、ユリが落ちる。
僅かに見えた崩壊した地面の先は、キラキラと煌めく宇宙だった。
生きていられるのかもわからない、地面の更に奥にあった空間。
それにひゅっと息を呑んで、ユリは咄嗟にヴェルディーゼの方へと手を伸ばす。
主様、とユリが声を出すよりも前に、ヴェルディーゼが崩壊した地面、ユリの方へと飛び降りた。
「ユリ……っ、大丈夫、だから! そのまま目を閉じて!」
言われた通りに、ユリがぎゅっと強く目を閉じる。
伸ばした腕を、ぐっと強く掴まれて、強引に引き寄せられて――不意に、浮遊感がふっと消える。
「ユリ……もう、大丈夫。目を開けて」
言われるがままに、ユリが恐る恐る目を開けば、そこはひどく懐かしい、見慣れたヴェルディーゼの部屋だった。
ユリは少しの間何も言わず、ただ無言で部屋を見回す。
そして、最後にヴェルディーゼに向き直ると、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「ただいま――そしておかえりなさい、主様!」
「うん……ただいま。おかえり、ユリ」
二人はまた笑い合って、嬉しそうに、幸せそうにお互いを抱き締めて、ただただ二人の時間を噛み締めるのだった。




