違和感と、光
真っ暗で、真っ黒な世界の中。
その中心で、白銀の少女が膝を抱えて座り込んでいる。
もう、どれくらい経ったのかわからない。
とにかく長い時が経った。
それでも助けは来なくて、少女は涙を流すこともできず、ただただ苦しんでいた。
壊れてしまえば、苦しくないのに――と、そう思うほど。
――倒せていたら、変わっていたはず。
暗く淀んだような声で、少女が思考する。
長い時が経った今でも覚えている、自分をあの世界へと転移させたルスディウナと、自分を封印したあの少女。
彼女らを倒せていたら、変わっていたはずなのだ。
――……殺せば……良かった。全てが、変わった。
そうすれば、あの人を悲しませるようなことは無かったはず。
そうすれば、自分が苦しむようなことは無かったはず。
ぐるぐる、ぐるぐると少女がそう思考する。
――技術はある。才能もある。無いのは勇気だけだった。それなら、勇気を出せば良かった。あの人が褒めてくれた、技術と才能で……殺せば。
たらればを想像しても意味がない。
そんな風に自分を自嘲しながらも、少女はそれを続ける。
自分しかいないこの場では、責める相手も自分しかいない。
過去を思い出して、自責を繰り返す。
それしかすることがない、それしかできない。
――……あの人は、本当に……私に、愛想を尽かして……?
刺されるような痛みとともに、少女が思考する。
一度、過ってしまった思考。
それは今も少女の脳裏にこびりついて、離れない。
――……くるしい。
ふるふると首を横に振って、少女が思考を追いやろうとする。
しかしそれでも、一度思い出してしまったものは、嫌な想像は、簡単に追い出すことはできず、少女はただ蹲って自分に齎してしまった苦しみに耐えた。
目を閉ざし、少女がただ楽になるのを待つ。
と、そんな時、微かな違和感を覚えて少女が目を開く。
相変わらず、真っ暗で真っ黒な、何も無い世界がその視界に広がる。
そのはずだ、何もおかしなところなんてない。
そのはずなのに、少女の感覚は違和感ばかりを訴えている。
――なん、だろう……
よろよろと少女が立ち上がり、周囲を見る。
久しぶりに立ったというのに、少女の足は驚くほどしっかりとその身体を支えた。
その感覚に少しだけ不思議そうにしながらも、少女がゆっくりと歩いていく。
まるで、何かに引き寄せられるように、何も無いはずの場所へと。
――ここ……?
少女が、そっと〝違和感〟のある場所へと手を伸ばそうとする。
しかし、その手が〝違和感〟へと触れる直前、少女が視界の端に小さな光を捉えた。
少女は振り返り、先ほど見えた光をしっかりと認識する。
色のない、不思議な光だ。
とても神聖なものに見える。
まるで、ここが出口なのだと、そう訴えているようだ。
わけのわからない違和感と、ここが出口だと訴えかけるような、そんな風に思える神聖な光。
どちらを選ぶかなど、考えるまでもない。
そう、そのはずだ。
そのはずだから、少女はそっと光の方へと足を進める。
――……? ……あれ……
不意に、少女の足が止まった。
とても神聖そうな光なのに、なんだか嫌な感じがする。
足が止まって、光の方へと進むことができない。
少女は途端に不安そうな顔をして、〝違和感〟の方を見た。
なんだか、ほっとするような気がする。
少女は、改めて光と〝違和感〟を見比べる。
色の無い光は、なんだか見覚えがある気がして、なんだか見ていると不安になる。
〝違和感〟は、慣れ親しんだ気配を遠くに感じて、なんだか安心する。
――……。
少女がそっと、〝違和感〟の方へと足を進めた。
その背後で、光がピカピカチカチカと存在を主張する。
それを無視して、少女が違和感に触れた。
――何も起きない……けど、なんだか……あったかい。
目を閉じて、ユリがそっと〝違和感〟の方へ身体を寄せる。
温かさを身体で感じられて、ほっとして、心が解きほぐされるような感覚。
こっちだ、と少女――ユリが安心したような表情を見せた。
――主様……そうだ、主様。……私を解放するために、頑張ってくれてるの……?
ユリが、ジッと違和感を見つめる。
ヴェルディーゼの気配を遠くに感じる。
いや、近い気もする――近くて、遠い。
ユリがそっと目を伏せて、ぎゅっと自分の胸元を握り締めた。
『――……』
悲痛な響きを帯びた声が聞こえて、ユリがハッと顔を上げた。
何を言っているのかはわからない。
だが、必死で、悲痛な声だけは聞こえる。
「……あるじ、さま。……主様……私はここです、聞こえていますっ……! 届いて……お願い……!」
ユリがそう声を張り上げる。
こちらから聞こえたのなら、向こうにも声が届いてもおかしくはないはずと、そう思って。
しかし、向こう側からの声が聞こえなくなってしまい、ユリが唇を噛む。
そして、その心が深く沈もうとした時、バキンと音がした。
驚いて肩を震わせながらユリが音のした方を見ると、黒い空間がひび割れている。
「封印が……崩れかけて……? ……主様……。……私も、何か」
ユリがきょろきょろと周囲を見る。
何も無い、あるわけがない。
それでも、何かしなくてはとユリが悩んで、ハッとして少しだけひび割れた部分から距離を取った。
「……殺せていたら、変わっていたはずだった。……足りないのは、勇気だけだった……それなら」
魔力を操って、深淵を出して、鎌の形に固める。
ちゃんと、できた。
ここでは、ユリの行動が制限されるわけではないようだ。
良かった、とユリが安心しながら、ゆっくりと息を吐く。
そして、大きく勢いを付けて鎌を振りかぶり、ひび割れた部分へと振るった。
「痛っ……それに、鎌が……」
少しだけ、ひび割れが大きくなる。
反動で手は痛み、鎌にもヒビが入っていた。
だがそれでも、まだまだとユリが鎌を振るい続ける。
「もう、手が……それに、鎌も……」
手も、鎌も、ボロボロにしながら、ユリが息を吐いた。
そして、更に距離を取ると、ぎゅっと鎌を握り締めて勢いをつける。
「私は、主様に、会うんだから……っ!」
鎌がひび割れた空間に当たって、砕け散り――光が見える。
途端に、ユリの視界は真っ白に染まって――




