初めての涙、一握りの希望
禍々しい魔力が、空中で暴れている。
魔法陣を描いては消え去り、また違う魔法陣を描いて、消える。
幾度もそれを繰り返し、しかし封印の位置すらも判明させることはできず、ヴェルディーゼは唇を噛んだ。
「早く……早く、どうにか……しないと」
ユリが封印されてから、早数日。
その間、ヴェルディーゼは一瞬たりとも休むことなくユリを解放しようとしていた。
しかしそれでもなお、封印の解除方法はおろかどこに封印されているのかもわかっておらず、ヴェルディーゼは焦燥に駆られていた。
焦りが積み重なり、集中力が途切れかける。
その度にヴェルディーゼは届かなかったユリの背中を思い浮かべ、目の前でユリが消えた時の絶望を思い出し、必死になってユリを解放する方法を探すのである。
どこかには、あるはずなのだ。
ユリを封印している場所が、どこかには。
この世界の中ではないのかもしれない。
だがそれでも、どこにもないなんてことはありえない。
そして、ユリとの繋がりを身近に感じ取れる以上は、遠いところにいるはずはないのだ。
妨害されているのか、その繋がりを辿ることはできない。
しかしそれでも、近くにあることだけはわかるのだ。
「遠いわけが、ないのに。……探せ。……なんでもいいから……何か、ヒントを……探して……ユリを、見つけないと」
ぶつぶつと、低い声が呟かれる。
しかし、ヴェルディーゼの心は限界だった。
ヴェルディーゼはこれまで、ここまで苦しい目になど遭ったことがなかった。
大切な人を失ったことはなかったし、ユリほど大切な人は初めてだった。
――だから。
「見つけないと……探さないと、いけないのに……」
震える声とともに、その瞳から涙が溢れる。
乱暴に涙を拭って、ヴェルディーゼが再びユリを探そうと魔法陣を展開しようとする。
さっきの方法はダメだった、あの魔法は役に立たなかった。
ならば次を試すべきなのに、一度崩れた心はヴェルディーゼにとって簡単なはずのそれすら許さない。
視界は霞み、手は震えて、流れ落ち続ける涙は止まらない。
思考が纏まらず、ついには嗚咽までもが漏れ出し始める。
「……っ、ぅあ……っ、と、まれ……止まれ……ッ、こんな、こと……してる場合じゃ……ない、のに。……つぎ……次を、試さないと……次……っ」
ぽたぽたと、涙が地面を濡らす。
どうやっても涙を止めることはできず、ヴェルディーゼは弱々しく拳を地面に叩きつけた。
ヴェルディーゼは、涙を止める術を知らなかった。
泣くのは、これが初めてだったから。
「……っ、なん、でもいいから……やらないと……ユリは、もっと苦しんで……」
言い聞かせるように言って、ヴェルディーゼが魔力を放出する。
魔法陣は、集中力が途切れて形にならない。
だが、それでも何かはしろと、ヴェルディーゼが魔力を滅茶苦茶に動かす。
何もしない時間など、あってはならない。
ただユリを苦しませるだけの時間など、あってはならないから。
「うあ……っ、くそっ……止まれ、止まれ……こんなこと、してる場合じゃ……こんなことに、気を取られてる場合じゃ、ないのに……」
絞り出したような声でヴェルディーゼが自分に言い聞かせても、効果は無く。
どうすれば、とパニックに陥りかける。
こんなことは初めてで、ヴェルディーゼにはどうすれば泣き止むのはわからない。
どうしよう、どうすれば、とそればかりが頭を支配し始めた時、ぽんと肩に手が触れた。
知っているその手の温かさにヴェルディーゼは動きを止め、ゆっくりと振り向く。
「……師匠――フィレジア……?」
「言い直すくらいの元気はあるようじゃな。……子どものように泣きおって……」
「……フィレジア……どう、しよう、ユリが……封印の場所が、まだ……封印の中は、時間が……!」
「落ち着け、ヴェルディーゼ。そんな状態では見つかるものも見つからぬわ」
「ま、待って、フィレジア……そもそも、なんでここに……来れないから、何も言ってこなかったんでしょ。なんで……まさか、ルスディウナが……」
「落ち着けと言っておるじゃろうが。安心せよ、ルスディウナが何かをしたわけではない。お主が滅茶苦茶な魔力の動かし方をするから、この世界に歪みが生じたんじゃよ。だから、妾はそれに乗じてこの世界に転移してきたのじゃ」
ヴェルディーゼが動揺しながら尋ねれば、フィレジアはそんな答えを寄越した。
それにヴェルディーゼは少しほっとした顔をして、それでも焦りを拭い切れていない様子で視線を彷徨わせる。
「…………フィレジア……手伝って、ほしい……まだ、何も……何もわかってないんだ。……僕より長く生きてる、フィレジアなら……」
「封印について、妾は何もわからぬ。感じ取ることすらできぬよ。本当にルスディウナが直々に用意した封印のようじゃのぅ……はぁ。妾にできるのはちょっとした助言程度じゃ。あまり役に立てなくて申し訳ないがの」
「……ううん。フィレジアが来てくれて……少し落ち着いたから。……余裕があるわけじゃないけど……」
「それを自覚できるなら、充分じゃ。もう少しの辛抱じゃよ、ヴェルディーゼ。可能な限り集中せよ」
こくりと頷き、ヴェルディーゼが静かにフィレジアを見た。
一握りの希望を抱いて。




