届かない手は、空を切る
炎が舞い、少女を焼き焦がす。
「あはあ、最高位邪神様ってばあ、そんなに怒っちゃってえ……ダメだよダメだよ、冷静さを保たないとお」
「……」
「危ないなあ! けどお……私のことを、死ぬより酷い目に遭わせるんでしょお? これならあ、死んだ方が辛いかなあ!」
「……」
少女に対して何も言わず、ヴェルディーゼはただただ剣を振るい、魔法を放っていた。
紅い瞳に宿る感情は、ただ一つ、怒りだけ。
憎悪でもない、理性を塗り潰すほどでもない怒りに、少女は不満そうに息を吐いた。
「もう少し怒ってもいいんじゃないかなあ。大好きなんでしょお? 私との感情と思考の同期を打ち破れてしまうくらいには。それなのに、なんでそんなに冷静なのお? 実はそんなに好きじゃないからあ?」
「……」
「わ。あはあ、攻撃が激しくなったねえ。やっぱりこういうこと言われると怒るんだあ! じゃあ好きなんだねえ、よかったあ。ユリちゃんも最高位邪神様のこと、大好きなんでしょお? 今からルスディウナ様に最高位邪神様を取られちゃうのにい、最高位邪神様にも好かれてるわけじゃありませんでした――なんて、可哀想だもんねえ! 哀れで、きっと可愛い! だってえ、今のあの子はあんなに弱っているのに! 可哀想! 可哀想! ああ、最高位邪神様の恋人じゃなければ、あの子も仲間になれたのにい! アハハハハハハハハ!」
「…………ルスディウナ」
低い声で、ヴェルディーゼがぽつりと呟いた。
バキンと音がして、剣の持ち手部分がまた折れたのを確認してヴェルディーゼが息を吐き、少女の方へ投げつける。
「危ないよお、もう! ……って、どこに……ガフッ!?」
ヴェルディーゼが少女を蹴り飛ばし、魔法で先が鋭く尖った巨大な氷塊を生み出し少女へと放出した。
氷塊は地面に転がった少女の腹部を貫通し、周囲を赤く染め上げる。
少女は苦悶に歪んだ顔をしながら氷塊に手を当て、魔法で粉砕した。
よろよろと立ち上がった少女が、引き攣った笑顔を浮かべながらヴェルディーゼを見る。
「……ひどい、なあ。……これ、本当に死なないと思ってやってるのお……?」
「死ぬようなら治癒をする。死なせはしない」
「痛いなあ……ひどおい。……まあ、いいよお。許してあげるう……だってえ」
ヴェルディーゼと真っ直ぐ向き合いながら、少女が静かに銃を構えた。
そして、下から睨めつけるようにしてヴェルディーゼを見つめながら、その口元には優越感に満ちた笑顔を浮かべて言う。
「ついに、最高位邪神様の想い人は、ルスディウナ様と会うことができてえ……――たった今、心の底から望む願いを叶えてもらうことができたんだからあ!」
ヴェルディーゼと少女の間に、魔力が渦巻いた。
そこから見慣れた白銀が見えて、ヴェルディーゼは咄嗟に手を伸ばす。
「ざんねえん。感動の再会だけどお、それも一瞬。ばいばーい、来てくれてありがとねえ、ユリちゃん!」
「避けろ、ユリ……!」
引き絞るような声でヴェルディーゼが命じる。
しかし、ユリは少女が構えた銃を見つめるばかりで、動くことはなく。
ヴェルディーゼの手がユリに触れるよりも前に、ユリは真っ黒な渦に飲み込まれて消えた。
ヴェルディーゼの手が空を切り、ヒュッと息を呑む音が響く。
そこにあるのはルスディウナのものと混ざったユリの魔力の残滓だけで、もうそこには温もりすらも残っていなかった。
「……ぁ」
小さな、小さな声だけが、その口から零される。
「さあさあ、最高位邪神様あ! あなたはこれから、どんな反応をするの? ねえ、ねえ――!」
ヴェルディーゼは、そんな少女の言葉に、何も答えなかった。




