色のない不思議な光
ユリがヴェルディーゼとの繋がりを視てから、数日が経った。
今現在、ユリは真剣な表情のフィレジアと向き合い、少し居心地悪そうに体を揺らしている。
突然呼び出されたと思えばこの状況になったので、ユリもまだ何がなんだかわかっていないのである。
「あ、あの、フィレジア様……私、どうして呼ばれたんでしょうか……?」
「うむ。……ユリ、可能な限り冷静に聞いてほしいのじゃ。できるか?」
「えっ……か、可能な限りでいいのでしたら……はい。頑張ります」
「では……こほん。ヴェルディーゼが見つかった。遥か遠く、一見普通の世界のように見せかけた、異常な世界じゃ」
「主様が!? ……っ、いえ。……異常な世界って……」
ヴェルディーゼが見つかったと聞き、一瞬だけユリは目を輝かせたが、続く言葉にすぐに顔を曇らせた。
見つかりはしたものの、やはり一筋縄ではいかないらしい。
ユリは改めて姿勢を正すと、先ほどまでのおどおどとした態度とは打って変わって真剣な眼差しでフィレジアを見る。
「いつもなら部屋まで来て話してくれるのに、わざわざ呼び出したということは……何か、私にできることがあるんですよね? それに、きっと……」
「うむ……ユリの予想通りじゃ。あやつを救出するためには、現状では……ユリの存在が必要不可欠じゃ。そして、それにはリスクが伴う。……断ってくれても構わぬ。あやつのためにも、ユリを守るのは一番の優先事項なのじゃからな。その上で、ユリの意思を聞いておきたいのじゃ」
「……先ずは、わかっている範囲でいいのでもう少し具体的に何をすればいいのか聞きたいです」
「わかっておる。……やること自体は、簡単じゃ。妾がユリをその世界に転移させるから、その世界であやつを探せ。見つけたら、妾がまた転移をさせる。無論、ヴェルディーゼも一緒にな」
「……それだけで……いいんですか? いえ、ほぼ戦えないようなものの私にとっては、それなりの難題ではありますけど……それなら、フィレジア様とか、部下の方々でもいいんじゃ……?」
ユリがそう言って首を傾げると、フィレジアは苦虫を噛み潰したような顔をした。
そして、そっとユリの肩に手を置くと、険しい表情で説明する。
「不本意では、あるが。……ユリしか、あの世界には行けないのじゃ。転移させることはできるが……妾自身も、妾の眷属も、あの世界には立ち入れぬ」
「……明らかな罠……ですよね」
「ああ。じゃから、意思確認のみじゃ。今すぐそれを実行するつもりはない。ユリは、どうしたい?」
「……」
ユリが唇を噛んで俯いた。
今すぐにでも、ヴェルディーゼを助けに行きたい気持ちはある。
ようやく訪れた、ヴェルディーゼの役に立てる機会。
それを捨てるわけには行かない。
だが、それでもユリを躊躇わせるものがあった。
それは――
「……主様は、その世界に……銃がある、って……」
消え入りそうな声で、不安そうにユリが呟けばフィレジアが目を眇めた。
そしてユリから視線を外し、少し遠くを見ると言う。
「ユリ……それはありえぬ。あの世界はまだ未熟で、そのようなものは技術的に不可能じゃよ。それに、あの地は……もはや、生命の枯れ果てた無人の地。存在していたとして、扱えるような人間はおらぬ。罠である可能性を考慮して、万が一にもユリが付いて来ないように……ユリ?」
俯いたまま黙り込み、何も言わないユリにフィレジアが呼びかけた。
するとユリは顔を上げて酷く凪いだ表情を見せ、静かに言う。
「行きます」
「……ユリ」
「行かせてください。私が、主様を、迎えに行きます」
「……ユリの意思はわかった。じゃが、これは最終手段のようなものじゃ。先ずは他に手段が無いか探して……」
「いいえ。私があの世界に行きます――今すぐに。主様と、話さないといけないことができましたから」
「無謀じゃ。戦えないのは自分でもわかっているのじゃろう?」
「わかってます。主様を見つけて、すぐに逃げます。その場で話したりもしません。だから……行かせてください。お願いします」
ユリがそう言って深く頭を下げた。
落ち着いた声と、表情。
しかしその瞳の奥では、様々な感情が渦巻いている。
それが見て取れたから、フィレジアは厳しい口調でユリを止めた。
「ダメじゃ。お主が怪我や……万が一のことがあったら、あやつは……ヴェルディーゼは、どう思う? それがわからぬわけではないじゃろう」
「きっと、悲しみますね。悲しむだけでは、済まないかもしれません。……けど……だけど、それでも……嫌です。もう、待ちたくない。役に立ちたいんです……力不足なのは、わかってるんです。罠だとも、ちゃんと理解してます。……主様が欲しいなら……私のことは……いらないでしょうし。……それでも。行かせてください」
「……」
「お願いします、フィレジア様。自分でも馬鹿なことを言ってるって、わかってるけど……もう、耐えられないんです。苦しくて、苦しくて……もう、フィレジア様もわかっているでしょう? 今の私の笑顔は作り物で……もうずっと、心の底からは笑えていないんです。……我儘だと思うのなら、どうぞ見放してください。私は私で、どうにかします。そのくらいの覚悟は、あります。……お願いします。止めないでください……行かせてください」
苦しそうに眉を寄せて、下手な笑顔を浮かべて、ユリが言った。
フィレジアは悩むように唇を引き結び、ユリのすぐ傍に行こうと足を動かそうとする。
「あらあら、ふふっ。健気で可愛い子。その願い、私が叶えてあげるわ。だって、相思相愛なんだもの。ちゃんと会って、顔を合わせて――」
聞き覚えのない、優しく語りかけるような、甘ったるい声が、二人の耳を震わせた。
白く細い腕が、そっと後ろからユリを抱き締める。
「ヴェルディーゼの心を折る手伝いをしてもらわないと、ね」
「……え」
「いってらっしゃい。最後の逢瀬、ゆっくりと味わうといいわ」
「ユリ……ッ!」
フィレジアの手は届かず、ユリは色のない不思議な光に包まれて、その場から消えた。




