殺さない
「あはあ、アハハハハハッ! 流石はルスディウナ様あ! 完っ璧な作戦! そうに決まってるんだからあ! ひひっ、ひはっ。ひはははははッ!」
少女が物陰で笑う。
笑って、笑って、ただ一人で笑っている。
「ああ、ルスディウナ様……もっとお傍にいたかったけど、しょうがないなあ! お役に立てるのも、すっごくすっごく光栄で、幸せなものなんだからあ……ふふっ、頑張らないと……もっと、もっと、ルスディウナ様に見てもらえるように。……さあて、そろそろ最高位邪神様のところに行かないとねえ! 精神を揺さぶってえ……」
「その必要は無いよ」
冷たい声が聞こえ、少女が振り向いた。
直後、轟音が少女の耳を貫き、少女は耳を抑える。
少女が隠れていた場所が粉砕された音だ。
土埃が舞い、視界が悪い中少女は顔を顰めながら周囲を見る。
「君は、僕がこの世界から出るために必要な存在じゃない」
「……それがどうしたの? もしかしてえ、私を殺しに来たのかなあ!」
「だとしたら、君はどうする?」
「もちろん、抵抗するよお! 言ったでしょお? 勝てなくても、躱すことくらいならできるってえ! まだ私の役目は終わってないんだもん、死ねるわけないよお。それでえ、最高位邪神様? どうするの?」
「……」
「殺さない。そうだよねえ! アハッ、ルスディウナ様の言う通りい! 甘い、っていうのもそうだけどお……それ以上に、最高位邪神は情報は可能な限り確保しておく人。だからあ、私がこれ以上情報は持ってない、吐かせられないってわかるまでえ、最高位邪神様は私を殺さなあい! そうでしょ? そうなんでしょお!?」
「……それを言うことで、僕が君を殺しにかかるとは思わないんだね。僕の我慢がいつまで持つか、君にわかるの?」
感情の無い声と表情でヴェルディーゼが言う。
この状況は、ヴェルディーゼにとって不本意なもの。
罠の中で、話の通じないルスディウナの狂信者と二人きり。
加えて、感情と思考の同期による不快感も常にある。
同期については一応、影響自体はなんとかできているが、我慢するにも限度があるというものだ。
「あなたは私を殺さないよお。だってえ……」
「……」
嫌な予感がして、ヴェルディーゼが長剣を振るった。
バン、と銃撃音がして、狂ったような笑い声が響く。
「私い、最高位邪神様の大切な大切なあの子についてえ、まだ言ってないことがあるんだからあ!」
「……ッ」
「アハッ、驚いたあ? 私はあの子には何もしてないと思ってたあ? アハッ、アハハハハハッ! ……あー、でもお……今はまだ、何もしてないかもねえ? だけど、私、知ってるんだあ。あの子――ユリちゃんはあ、だーいすきなアルジサマと一緒じゃないと眠れなあい。それでえ、今は最高位邪神様の師匠のところで保護されてる。でもお……可哀想にい! お師匠様がなんとかしようとしてるけどお、ユリちゃんの精神状態は悪化するばかりい! 悪化して、悪化して……もう、ルスディウナ様が手を出しているかもお?」
ヴェルディーゼがぎゅっと強く長剣を握り込む。
バキンッ、とヴェルディーゼの手の中から硬い物が折れる音がして、ヴェルディーゼが舌打ちをしながら長剣を放り投げた。
飛んできた壊れた長剣を躱し、少女がくすくすと笑う。
「やっぱりい、あの子のことになるとすっごく怒るんだねえ。でも……どこまでが本当で、どこからが嘘なのかはわからないよお? まだ言ってないことだってあるかもお。それでも、私を殺すのかなあ!」
「……殺さないよ。……殺さないけど……」
ヴェルディーゼがそう言うのを少女がただ聞いていると、突然身体の右側が軽くなった。
何気なく少女がそちらを見ると、右腕が肩から綺麗に無くなって、傷口が露わになっている。
「……ッッ」
襲ってくる痛みに顔を顰めながら少女がヴェルディーゼを睨めば、ヴェルディーゼは少女よりも険しい顔で、低い声で言った。
「死ぬより酷い目に遭わせて、洗いざらい真実を吐かせてやる」
「アハッ、やってみせてよお!」
少女は笑い、手に持った拳銃でヴェルディーゼを撃ちながら、再び笑ってみせた。
「……ルスディウナ様が言った通り、だねえ」




