眠れないからわかること
「……結局、泊まらせてもらうことになっちゃった。……あっちに居たって結局眠れないし、別にいいですかね……」
ユリがそんなことを呟き、少し落ち着かない様子でネグリジェに触れる。
サラサラとした感触が心地良くて、ざわついた心が少し落ち着くのを感じてユリが息を吐いた。
そして、ベッドに腰掛けると軽く膝を抱える。
「……遅いですよ……主様。それに……あの、違和感」
ぎゅぅ、と不安そうに服を握り締めて、ユリが呟く。
そして、抱えた膝に顔を埋めて言った。
「フィレジア様には……前にもあったって言ったけど。……前のとは、何かが違うような……」
「ほう? 反応が無いと思えば、やはり悩んでおったのう」
「ふひゃあ!? ふぃ、フィレジア様!? な、なんでここに……」
「ここは妾の家なのじゃから、いて当たり前じゃろう?」
「い、いえ、あの……一応ここは、私に貸し与えられた部屋で……勝手には……」
「ノックはしたぞ」
「……えっ。あ、ごめんなさい……」
ユリが申し訳なさそうに頭を下げた。
返事の無いユリのことを心配して入ってきたのだろう。
少しだけ安心した顔を見せているフィレジアを見て、ユリはそう感じてフィレジアに駆け寄っていく。
「ご心配をお掛けしました。その……ごめんなさい、嘘というか……ちょっと、誤魔化しちゃって」
「構わんよ。妾は心配していただけじゃ。無論、話してくれるのなら嬉しいがな」
「……ええ、と。……話すも何も、大したことではないんですけど。主様と話してる時にあった違和感と、フィレジア様の時の違和感。何かが違う気がするってだけで、具体的な説明なんてできませんし……」
「それがなんじゃ。自分でもちゃんと整理しようとして口に出していたのじゃろう? それと同じように妾に話してみれば良い。それで力になれるなら、妾はいつでも付き合おう」
ユリがふんにゃりと笑って目を逸らした。
少し誤魔化すような仕草に、フィレジアは自分には相談しづらいかと扉の方を見る。
そして、そちらへ足を進めようとして、ユリに声を掛けられ踏み出しかけた足を止めた。
「あのっ。……ほんと、全然自分の中でも纏まってなんかいないんですけど……感情とか、色々整理したいので……付き合ってくれますか……?」
「無論じゃ。飲み物はいるか? 必要なら持ってこさせるが……」
「今のところは、大丈夫です。えっと……そう、ですね」
どこから話そうかとユリが悩むように視線を彷徨わせ、フィレジアを見上げた。
そして、両手の指を絡ませながら、不安そうに説明を始める。
「私の悩みの一つが、さっきも言った通り、違和感についてなんですけど。……これがなんなのかは、考えてもわからないからいいとして。……嫌な想像をしてしまった、というか……」
「ふむ……嫌な想像というのは?」
「その……ルスディウナ? でしたっけ。その人は、主様に片想いをしていたんでしょう。なら……主様の恋人である私は、狙われます。嫌われているはずです……なら……詳細までは、わからないし……単なる想像ですけど。……もしかしたら、その人が何かしているんじゃないかって思ったら……怖くなってしまって」
「……そうじゃな。妾も同じ意見じゃ。あやつは確かに重要なところで大切なところを失敗したり、見逃したりするが……その溺愛ぶりから察するに、ユリのこととなれば細心の注意を払っていることじゃろう。ならば、そんなヴェルディーゼを出し抜けるのは妾が知る限りルスディウナだけじゃ」
「……私、主様はもっともっと圧倒的な存在なんだと思ってました。何をやっても、どんな分野でも、主様に勝る人なんていないんじゃないかって。少なくとも、こういう……駆け引きとか、戦闘においては」
ユリがそう言ってくすりと微笑んだ。
フィレジアはそれを見てユリと視線を合わせると、ふっと笑って問う。
「あやつに失望するか?」
「いいえ。勘違いが解けただけですもん。欠点まで愛します。むしろ私は、あってほしいと思ってたわけですし。じゃないと私が補える場所が無くなっちゃいます」
「あやつはあれでもそれなりに欠点はある。安心するがよい。……支えてやってくれ」
「支え合います。……んんっ、今はそれより……その、今、主様が傍に居ないじゃないですか」
「うむ、そうじゃな」
「……だから……安心できる、絶対大丈夫って思える人が……いなくて。フィレジア様のことを頼りにしていないわけではないですけど、フィレジア様の実力とか、知りませんし。まぁ、主様の師匠というからには、かなりお強いのでしょうけど……。……それに……主様のことも、心配です。……えっと、その……」
ユリが言おうかどうか迷うように俯くと、フィレジアがユリの頭を撫でてただ次の言葉を待った。
急かさず、ただ待ってくれるフィレジアにユリは柔らかく微笑むと、少し小さな声で言う。
「私、主様と一緒じゃないと……悪夢を見てしまって、眠れないんです。……だけど、主様はお仕事があるから……毎日は、来れなくて。でも、定期的には来てくれていたんです。来てくれた日は悪夢を見ないから、隠してるつもりでもわかってたんですからっ。……ただ、その……」
「……」
「主様が、今回のお仕事に行ってから……一度も、戻ってきていないんです」
「……」
とても、とても心配そうにユリが言えば、フィレジアはただ無言で険しい顔を見せるのだった。




