思考・感情同期
「きもちわるい」
どこか茫然としながら、ヴェルディーゼが呟いた。
ほぼ無意識に剣を振って、返り血がべったりと服に付く。
「……きもち、わるい」
吐き気がする。
ズキズキと頭が痛んで――自分のものではない思考がちらついて、気持ち悪い。
気分が悪い。
おぼつかない思考にヴェルディーゼが唇を噛み、頭を抑えた。
「……ルス、ディウナ……殺してやる。殺して、やる……」
「すっごおい。まだそんなことが言えるの? すごいねえ、すごいねえ、流石はルスディウナ様が認めたお方!」
可憐な少女が、ふわふわとヴェルディーゼの周りを飛び回る。
パチン、と少女の手のひらが重ねられる音がいやに頭の中に響いて、ヴェルディーゼがただでさえ険しい顔を更に顰めた。
くすくすと、少女が笑う。
「流石、流石、流石です。ああ、ルスディウナ様あ! 私は、貴方様の役に立てて嬉しいですう! ああ――私のルスディウナ様への信仰が、こんなにも役に立つ日が来るなんて! こんなにもっ、あの最高位邪神を! 弱らせることができるなんて! アハッ、アハハハッ! アッハハハハハハハハハハハ!!」
「……僕に……個人的な恨みでも、あるの」
「恨みい? 私はただ、妬ましいだけだよお。ルスディウナ様に愛される最高位邪神様のことが、凄く凄く凄く妬ましいんだあ。だって、私だってルスディウナ様に愛されたい。愛されたい、愛されたい、愛されたい、愛されたい、愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい!!」
「……ッ」
ヴェルディーゼが一歩距離を取ると、少女が笑った。
笑って、そして愉しそうに言う。
「私の感情と思考を同期されてる気分は、どーお? ふふっ……ルスディウナ様のこと、好きになったあ?」
「こんなもの、気持ち悪いだけ」
「そっかあ。でも、時間が経ったらどうかなあ! だってえ、最高位邪神様はここから出られない。縋るものはなくなって……そうしたら、ルスディウナ様に頼るしかなくなる。ルスディウナ様は、そう仰ってた。その通りだよねえ! 恋人のことなんて、私のルスディウナ様への愛に溺れて、忘れちゃえ」
ヴェルディーゼが踏み込み、少女に魔法を放った。
炎の塊が少女にぶつかり、その服を焼け焦がす。
しかしその肉体にはダメージが通っていないようで、少女はけらけらと笑うとボロボロになった自分の服を見下ろした。
「最高位邪神様ってば、私の服をダメにしてくれちゃってえ……でーも! ルスディウナ様はその度に新しい服を用意してくださるから、許してあげるう! 楽しみだなあ、次はどんな服をくださるんだろう! 期待感で、胸が踊っちゃうね!」
「……」
冷めた目で少女を眺めながらヴェルディーゼが剣を振る。
少女はふわふわとそれを躱して、ヴェルディーゼの周囲を飛び回った。
煽るような動きにヴェルディーゼは顔を顰め、相手をしていられないと嫌そうに軽く頭を振る。
「最高位邪神様は、私のことを殺せないよね? だって、私は貴重な情報源! この世界から出るための重要な手がかりなんだからあ! だから、攻撃も一辺倒でバリエーションが無い! 私がちゃんと躱せるように、そうせざるを得ない! だからこそ、こうやって――」
「……」
「怒った時にだけ、怒りが積み重なって積み重なって耐えられなくなった時にだけ、〝攻撃〟をする。ねーえ、そうでしょお? ああ、痛いなあ!」
「……」
「アハッ、つまり、つまりい! 私が口を噤む限り、最高位邪神様はなーんにもできなあい! そうだよねえ! 私を脅してえ、でも手は出さずに……私からどうにか情報を引き出そうと試行錯誤するしかなあい! 例え、何がどうなろうと!」
ヴェルディーゼが無言のまま舌打ちを零した。
確かな事実である。
ヴェルディーゼは、罠そのもののこの世界から出る方法をまだ突き止められていない。
本当にこの少女が、出るための方法を知っているのかどうかすら。
だが、全ての生命がヴェルディーゼに牙を剥くこの世界で、言葉を交わせるのは彼女ただ一人。
しいて言えば、後から来るらしいルスディウナも言葉は一応交わせるし、情報も持っているだろうがルスディウナが来る頃にはもう手遅れだ。
というより、手遅れになるまできっとルスディウナは来ない。
ユリという存在が現れ、焦ったからこの罠を使ったのだろうが、この世界はヴェルディーゼから見ればまだ不完全だ。
もっと完全なものにした方が、生命体も増えてヴェルディーゼが対応せざるを得ない存在が増える。
それでもこれを使用したのは、焦りもあるだろうが一刻も早くユリとヴェルディーゼを引き剥がしたかったからだろう。
だから、引き剥がしさえすればどうとでもなる。
ルスディウナは、そう考えているはずだ。
「……あれえ? またリンクが切れ掛けてるなあ……ねえ、何かしてるのお?」
「何も」
「もう、生意気だなあ! ルスディウナ様の計画を滞らせるなんて! 許せない、許せないい……っ」
「僕を攻撃したら、ルスディウナが怒る。君を殺そうとするくらいには。……そうでしょ? だから君もまた、僕に手を出せない。もっとも、弱体化していることを加味しても君如きが僕のことを傷付けられるとは思えないけど」
そろそろ、この手詰まりの膠着状態を多少なりとも崩すことができそうだ、とヴェルディーゼが目を細めた。




