再びの違和感
ユリが、フィレジアに手を握られながらはにかむ。
「えっへへ……その時、主様が助けに来てくれて……拷問は終わったんです。そこで私は、恋に落ちて……」
「そうか……怖かったろうな。思い出して、辛くはないか?」
「うーん……あの痛みが、フラッシュバックすることは……正直、ありますけど。でも、あれは私の恋と結び付いているので……精神的な負荷は、そこまでですかねぇ」
「……それでも、妾の気が済まぬ。実は負荷があるのに気付いていないだけ、というケースもある。抱き締めてもよいか?」
「いいですよー。ぎゅ〜っとどうぞ!」
ユリが腕を広げてそう言うと、フィレジアが優しくユリを抱き締めた。
その温もりに、ユリはヴェルディーゼとは違うもの――母の温もりを思い出して、そっとフィレジアに顔を埋める。
フィレジアがユリの頭を軽く撫でれば、ユリは幼子のような声で呟いた。
「……おかあさん……」
「む? ……ふふ、重ねてしまったか。母の代わりに妾に甘えてもよいのじゃぞ。……いいや、妾が母代わりじゃ。お義母様と呼べと言ったじゃろう?」
「……え、あ、いやっ! す、すみません、私……! そ、そんなつもりじゃなかったのに……っ、……あれ……また……」
「どうした、ユリよ。何か気になることでもあったか?」
「……ん、んー……いや、なんでもないです……たぶん。と、とにかく! お母さんの代わりは大丈夫ですから! 必要ありませんからね!」
「残念じゃのぅ……それで? 何があった?」
「うぐ……ご、誤魔化されてくれなかった……その、上手く言えないんですけど……ちょっとだけ、違和感があって。それだけなんです……」
ユリがフィレジアから身体を離し、気まずそうにそう言った。
眉を寄せ、何やら考え込み始めるフィレジアに、ユリは慌てながら手を振って口を開く。
「ま、待ってください、そんなに思い悩んだ顔をしないで……主様に一緒に居た時にもなったから、たぶん、疲れているだけなんです。主様もたぶん大丈夫って言ってましたし……」
「あやつと付き合いの長い妾からすれば、それを聞いても心配は拭えないんじゃがな。あやつはあれで少し抜けていて、たまに大事なところに全く手が回っていないことがあるのでな」
「全く!?」
「全く。昔の話だと……そうじゃなぁ。大問題になっていないことで、わかりやすいのだと……料理にチャレンジしようとして道具を揃えて、必死にレシピも探して……それでいざ始めようとした時にようやく食材を何も用意していなかったことに気付いたことがあったのぅ。くく、懐かしい……まぁ、あやつも成長しておる。やらかす頻度は大いに減った。……減ったんじゃが、たまにやらかすからのぅ……今はルスディウナのこともある」
フィレジアがそう言って肩を竦めるので、ユリが口を閉ざした。
そして聞いていいのか悩みながらもちょいっとフィレジアの服の裾を摘み、目を逸らしながら尋ねる。
「……その……ルスディウナっていう人? って、誰なんですか……? 主様もチラッと口にしていましたけど……」
「なんじゃ、あやつめ……説明しておらんのか。ルスディウナは……ヴェルディーゼに片想いをしている、ヴェルディーゼの次に強い神じゃよ」
「ほう、片想い……って、主様の次にって二番目に強いってことですよね? え? 勝てないじゃないですか、私。どうしよう……話し合いで諦めてくれますかね?」
「あやつは執念だけでその地位まで上り詰めたんじゃぞ。話など通じんわ。……というか、話さない方がよいぞ?」
「はい? それは、どうして……」
「ルスディウナと話した者は皆、言葉の通じん狂信者に成り果てておる。推測するに、魔法を使って手駒を増やしておるのじゃろう」
「ひえぇ……」
ユリが怯えるように悲鳴を零すと、フィレジアがその頭を撫でた。
そして、優しく微笑むとユリを抱き締めて言う。
「じゃから、ルスディウナに本格的に絡まれている今はユリを連れて行きたくないのじゃろう。許せとは言わんが、理解してやってくれ」
「……怒ってはないですよ。いや、嘘を吐いてたことにはちょっと怒ってますけど……一緒に行かせてくれないこと自体には、怒ってないです。凄く凄く寂しいだけで」
「ルスディウナのことを話せばユリもこうしてわかってくれるというのに、あやつは……心配をかけまいとしているのじゃろうが、幼稚じゃのぅ。それでどうなるのか、全く想像ができておらん」
「あはは……」
「ほれ、ユリも呆れているではないか! あやつめ……帰ってきたら叱ってやる。久々の説教は効くじゃろうなぁ」
「フィレジア様。ありがたいですけど……タイミングは気を付けてくださいね。主様、帰ってくると疲れすぎてめちゃくちゃ機嫌悪くなってる時とかありますし」
「うむ、心得ておる。……にしても、機嫌が悪い時があるんじゃのぅ……甘えておるな。まぁ、成長ではあるか」
フィレジアが苦笑いし、首を傾げるユリの頭を無言で撫でた。




