許されざる冒涜
高台にて、ヴェルディーゼが静かに遠くにある地面を見下ろす。
この世界に来てから、しばらくが経った。
最初は、僅かばかりの異変が数多く発生しているくらいで、大きな仕事では無かったはずだが――ヴェルディーゼが、無造作に高台から飛び降りた。
ぐちゃりと粘着質な音がして、その靴が赤く汚れる。
ヴェルディーゼが改めて、周囲を見渡した。
赤い血の海が広がっていて、そこかしこに無残な死体が転がっている。
酷い死に方だ。
ある者は頭部を潰され、ある者は全身を黒焦げにされ、ある者は上半身を消し飛ばされて、死んでいる。
いずれも即死だった。
せめてもの慈悲で、即死を狙って殺した。
「……はは、酷い光景」
自分がやったのか、とヴェルディーゼが他人事のように考える。
酷く乾いた声が自分の口から漏れて、ヴェルディーゼは目を伏せた。
「……仕掛けられているとは、思ってたけど……まさか、世界そのものが罠だったなんてなぁ。予想外。……このためだけに、世界を創る……いや、創らせたのか。……何にせよ……許されざる冒涜だ。世界だけならいざ知らず、生命まで創り出して、命を放り出してでも僕を殺すよう、創造時から仕込んでたなんて……看過できない。わかっていてのことだろうけど」
ヴェルディーゼが肩を竦める。
そして、一歩、二歩と足を進めて、いつの間にか手にしていた剣を背後へと振るった。
「わあ。ふふ、ルスディウナ様の言う通り。最高位邪神様ってすごいんだねえ!」
「……また、狂信者」
「狂信者なんて酷いなあ。私は、正真正銘、ルスディウナ様の手足として動いてるの。ルスディウナ様の言葉の意味も考えず、ただ命を遂行するだけの脳の無い道具どもとはワケが違うんだから。さてと、それじゃあ――ルスディウナ様からの伝言でーす! 嬉しいでしょお? 喜べよ、ほら」
「……」
ヴェルディーゼが冷めた目をしながら無言で斬り掛かった。
そんなものに耳を傾ける価値などないと断じ、排除しようと意識を情報収集から戦闘へと切り替える。
目の前の可愛らしい姿をした少女、ルスディウナの手下は、わざとらしい悲鳴を上げながらそれを躱す。
「きゃー、こわーい。アハハッ! この世界にいるだけで、最高位邪神様は弱体化する。それで私が敵う道理は無いけど、全力を出してさえいなければ攻撃を躱すくらいなら可能。ルスディウナ様の言う通りだった! 流石はルスディウナ様! ……と、本題に入らないとルスディウナ様に怒られちゃうなあ。そうそう、伝言伝言。〝もうその世界からは出られない、可哀想なヴェルディーゼ。私が助けに行くまで、どうかそこで待っていてね〟――だそうだよお。いやあ、最高位邪神様ってば愛されてるう! いいなあ、いいなあ、羨ましいなあ!」
「……」
ヴェルディーゼが無表情で目の前の少女に手のひらを向けた。
頬を引き攣らせた少女がバッと距離を取り、視線を彷徨わせる。
「お助けあれえ、ルスディウナ様あ!」
そうして少女は消え、ヴェルディーゼが舌打ちをした。
そして、苛立ちを込めて近くに落ちていた小石を蹴り飛ばして粉砕すると、髪をかきあげて低い声で呟く。
「脳内花畑の――。……」
ふとヴェルディーゼが言葉を止め、頭を振った。
酷い暴言も口に出してしまいたい気分ではあるが、流石にそれは良くないとヴェルディーゼはなんとか自分を落ち着かせる。
ユリに聞かれたら引かれてしまうかもしれない、距離を取られたら嫌だ、とヴェルディーゼが自分に言い聞かせ、周囲を見た。
そして、これからどうするべきかと腕を組む。
「世界ごと壊して……いや、それでもこの世界から出られなかったら困る。さっきのあれは創世神だろうから、とりあえず情報吐かせて……ああ、もう……あの状態のユリを長く一人にはしたくないのに……」
ヴェルディーゼが顔を顰めて言い、自分の頭を抑えた。
そして、空を睨むとぼそりと呟く。
「……体感時間……弄られてる気がするな。無意識下でも干渉には抵抗するだろうし、そこまで強いものじゃないはずだけど。……体感じゃ、まだそこまで経ってないけど……早くなんとかしないと、想定よりも長くユリを寂しがらせる羽目になるかも。チッ、なんであんなのが……」
ヴェルディーゼがぼやき、早く帰るために行動を開始した。




