嘘の理由
それから一年ほどが経過し。
ユリは、城でひどく平穏な日々を過ごしていた。
しかし、今この城にヴェルディーゼはいない。
銃が存在する世界だとユリは仕事に同行することはできず、ユリはずっと留守番を強いられていた。
「……主様……なんで。……なんでぇ」
泣きそうな震えた声で、ユリが呟く。
この一年で、ヴェルディーゼは何個もの世界を救った。
急いで世界を救っては、二人での平穏な日々を過ごして。
また仕事が入って、ヴェルディーゼはこの城を離れてしまう。
そんなことを、もう十回は繰り返したはずだ。
それなのに、あれからユリは一度も仕事に同行させてもらえていない。
最初は、そんなこともあるだろうと思っていた。
銃を見ただけで動けなくなってしまうのだから、寂しいけれど仕方ない。
大人しく次の機会を待とう、と。
だが、待っても待っても、同行させてもらえない。
次も銃があるから、ここで待っていてほしいと、そう言われて。
確率は少ないけれど、そんなこともあるのかもしれない。
そう言い聞かせて、一年が経ち。
流石に、嫌でもわかっていた。
目を逸らせなくなっていた。
どんな理由なのかはわからないが、ヴェルディーゼに嘘を吐かれているのだと。
「……どうして」
モヤモヤとした感情が、ユリの心を埋め尽くしていく。
せめて連れて行けない本当の理由を話してくれれば、ちゃんと待っていられるのに、と。
ヴェルディーゼとの会話の機会も減り、どうしてと答え合わせのできない問いを自分の中で繰り返し続けて、ユリは疲弊し切っていた。
ぽすん、とベッドに横になって、ユリが膝を抱える。
「……主様……主様。……次は、きっと……連れて行ってくれる。話してくれる……そのはず、ですよね……?」
「ただいま……」
「ッ、あ……お、おかえりなさい、主様。お疲れ様です……疲れていますよね? えっと、その……先ずは休みますか……?」
「ん……いいよ、ここにいれば落ちつけるから。ごめんね、ユリ。いつも寂しいでしょ。もっと甘えていいんだよ?」
「……次、は。……次の仕事は、いつですか……?」
「んー? んー……一応、無いけど……どうかなぁ。またすぐ仕事が入る可能性もあるし」
「……じゃあ、次私が行けるかどうかも……わからない……?」
「…………そうだね」
突然帰ってきたヴェルディーゼにユリがビクリと肩を震わせ、表情を取り繕って言葉を交わした。
そして、おずおずと次の仕事の時期と、そしてついて行けるかどうかを尋ね、その返事に目を伏せる。
ヴェルディーゼはユリのその様子を見て、ゆっくりとユリを抱きしめるとその頭を優しく撫でた。
「……ごめんね。こんなに長く付いて行けなくて……不安になるよね。大丈夫、ユリは何もしてないよ。運が悪いだけだからね」
「……ぅぅ」
「よしよし。大丈夫、また一緒に行けるようになるから。絶対にね」
「や、やめてください……何も言えなくなっちゃうじゃないですか……撫でないでぇ……」
「何か言いたいことがあるの? いいよ、教えて」
撫でるのを中断しながらヴェルディーゼがそう言うと、ユリが固まった。
そして、目を逸らしながら口元に手をやると、失言したと言わんばかりに眉を寄せる。
ユリが数秒ほど俯いて黙り込み、再びヴェルディーゼを見上げた。
そして、恐る恐る口を開くと、小さな声で尋ねる。
「ほ……本当に……っ、……本当に、ずっと……銃がある世界に、行っているんですか……? 何か、他に理由があって……私を置いて行っている、わけではなく……?」
「……」
「もし……もし、今まで嘘を吐いていたのなら……今、言ってください。怒ったりはしませんから。こんな事情があって連れて行けなかった、連れて行けない。そう説明してくれれば、私は待てます。だから……」
「…………嘘は、吐いてないよ」
「っ、なんで……! ……事情がある、って。それだけを伝えてくれるだけでも、ずっと良くなるんですよ……!? なんで、なんでって……ずっと繰り返し問いかける苦しい日々が! それだけで終わるんです! なのになんで! なんで!! ……っ、なんで……」
「……何も……ないよ。運が悪いだけ」
運が悪いだけと、そう主張するヴェルディーゼを、ユリが泣きそうな顔で睨んだ。
そして、目尻に浮かんだ涙を乱暴に拭うと、ゆっくりと深呼吸をする。
そうして少しでも心を落ち着かせて、ユリが少し低い声で言った。
「……どうして、隠すんですか? わからないわけないじゃないですか……それとも、主様にとって、私は……そんなわかりやすい態度でも、騙せてしまうような……馬鹿な――」
「違う! ……っ、あ……ご、ごめん、大声出して……」
「それくらいいいですよ。それよりも……そうじゃないなら、教えてください。どんな断片的なことでもいいんです」
「……嘘を吐いて、ごめんね。安心してユリと一緒に行動できるように、準備をしてるだけなんだよ……」
そう言って、ヴェルディーゼがユリを抱き締めた。
ユリはそっと控えめにその背中に腕を回すと、ぽつりと尋ねる。
「どうして、黙っていたんですか」
「……他の神に、〝周知〟させてるから……ユリは、連れていけない。見ない方がいいよ」
「……わかりました。じゃあ……ちゃんと、待ってるので。隠し事は、嫌ですよ」
ユリがそう言って、ぽすりとヴェルディーゼに体重を預けた。




