ひとりきりの危機
それから数分後。
いつでも逃げ出せるよう扉付近で油断せずに三人が警戒をしていた。
結局、こういう経験の少ないユリやメルールはどれだけ相談をしても判断はできず、リーシュデルトもこういった経験はあるにはあるものの、今まで結界の中に閉じこもってやり過ごしてきたので、結局のところ意見を出すことはできず、何かあれば逃げようという結論に至ったのだ。
「……ど、ドキドキしちゃうね。上手く動けなかったらどうしよう……」
「危なかったら引っ張って引き寄せますから。焦ってたらちょっと痛くなっちゃうかもしれませんけど……」
「ううん、捕まるよりは全然マシだもん。それくらい平気だよ」
「それでも……痛かったらすみません」
ユリがそう言いつつ、そわそわと気配を探る。
気配を捉えていないと不安でしょうがないので、ユリはあまりリラックスできずにいた。
いつでも迅速に動けるようユリが引き続き気配を探っていると、パッと全ての気配が消えた。
「え……? 気配が消えて……ッ、リィ様!」
「はい!」
ユリが呼ぶと、リーシュデルトが返事をして結界を重ねる。
しかし、結界が攻撃を防ぐ硬い音が響くことはなく――結界の内部に、二人ほどの敵が現れた。
唐突な危機にユリが息を詰め、リーシュデルトは小さく悲鳴を上げ、メルールは顔を青くして怯えるように震える。
しかし、ユリとリーシュデルトはすぐに冷静になると、リーシュデルトが元あったものよりも小さな結界を展開し、ユリがその外側に深淵の結界を作り出した。
視界はゼロに等しくなるが、これで向こうは手出しできなくなるだろう。
「……あ……ご、ごめ、ごめん、ユリ……っ、私……震えて……身体が、上手く……」
「大丈夫です。ほら、敵なんて見えないでしょう? 大丈夫、大丈夫……怪我なんて絶対しませんから。ね? ……深呼吸しましょうか。吸ってー、吐いてー……」
「……っ、すぅ……はぁ……」
「上手ですよ。そのまま、そのまま……ん、落ち着いてきましたか?」
「……ご、ごめんね。もう、大丈夫……一応」
「じゃあ、深淵だけ解除して……敵の姿が見えるようになっちゃいますけど、大丈夫ですか?」
「う、うん。ちょっと怖いけど、もう動けると思う」
そう言ってメルールが頷くと、ユリが深淵を消した。
こちらを睨みつける敵の姿が目に入り、メルールはビクッと肩を震わせたものの、そのまま動けなくなるようなことはなく緊張した面持ちながらもしっかりと立つ。
ユリがそれにほっとした顔をして、リーシュデルトを見た。
「……結界は、大丈夫そうですか?」
「ユリさん……また、増援が……いえ、えっと、結界は大丈夫です……」
「増援……んっと、五人くらい増えましたかね……ど、どうしよ」
増援と聞き、その数を確認したユリが動揺しながら呟いた。
そして、数秒ほど考え込んだ後、リーシュデルトに確認する。
「例えばですけど……敵さん全員が結界に全力で一斉攻撃をしてきたら……どうなりますか?」
「……衝撃くらいは……通してしまうかも、しれません。一点への集中攻撃なら、なおさら……」
「なら……わかりました。……可能な限り、攻撃をさせないように……頑張ってみます」
ユリがそう言って息を吐き、大鎌を取り出して構えた。
メルールが心配そうにユリを見て手を伸ばそうとするが、邪魔をしてはいけないと手を引っ込める。
それにユリは微笑みを向けて、すぐに敵を睨む。
「……そこ、通させてもらいますから」
ユリが低い声で言い、結界から飛び出して大鎌を真正面に投げつけた。
回転しながら迫ってくる大鎌を、蜘蛛の子を散らすように敵が逃げ、一部は結界で防ごうとするものの、深淵を凝縮して作られた鎌は並大抵の結界では防げず、結界を破壊され結局逃げていく。
「ハッ、この程度も防げないようじゃ主様に勝てるわけないじゃないですか! リィ様、メルちゃん、逃げますよ!」
「は、はいっ」
「うん!」
内心冷や汗を流しながらユリが挑発し、二人を振り返って声を掛ける。
そして、空いた大鎌の通った場所を駆け抜けて教室を抜け出し、再び逃走を開始する。
流石にパニックは長続きしなかったようで、敵もすぐに追ってきた。
「ひゃあっ……ゆ、ユリぃっ、なんか凄い顔で追ってくるよぉ!?」
「挑発しましたからね! ごめんなさい! 主様に言われたので! 遂行しなきゃなので!! ごめんなさい! いやーにしてもキレすぎですけどね! 短気すぎませんかねぇ! 大丈夫ですかぁ!? ああそうそう! 追い詰めてたはずなのに、鎌を投げられただけでパニックになる姿……とーっても愉快でした! あーはっはっは、いやぁ笑いが止まりませんねぇ、ええ!」
「ゆ、ユリさん! 煽り過ぎないでください……!」
「後ろ向いたまま走ってるの!? 器用だね!? ……って、なんか怖い雰囲気になってるけど本当に大丈夫!?」
メルールが少し後ろにいるユリを気にしながら走る。
ユリがそれに大丈夫だと自信満々で答えようとして――
「メルちゃん、足元! リィ様も!」
「えっ、きゃあっ!?」
「……ひゃっ! め、メルールさん、大丈夫ですか……! 立てますか!?」
魔法が発動する予兆を感じ取り、ユリが注意を促すが一歩遅く、メルールが躓いて転んでしまった。
リーシュデルトも回避は間に合わなかったものの、姿勢を崩しかける程度で済んだので即座にメルールに駆け寄って立ち上がらせようとする。
しかし、魔法は突起を作るだけでは終わっていない。
攻撃か何か、とにかく足止めをするための何かが来る。
それを感じ取ったユリは急いでメルールの服を掴み、リーシュデルトごと奥へと投げた。
リーシュデルトを中心に張られていた結界はユリから離れていき、ユリを守るものが無くなる。
「ユリ!?」
「ユリさん! 耐えてください、急いで結界を! わたしも今そっちに!」
「逃げてください、急いで! 私は大丈夫ですから!」
ユリが自分の背後、リーシュデルトとメルールがいる方に深淵の壁を作り出した。
そこまで遠い距離でもないので、本来ならばさっさと二人に合流するのが最善ではあったのだが、ユリは足元で迸る魔力を感じ取り、嫌な予感を抱いていた。
メルールのことは深淵で守り、できればリーシュデルトはこっちに連れてきたかったのだが、咄嗟にメルールから離れてもらうことができなかったので仕方がないと割り切りユリが前を向く。
「……足止めをして、更にこの魔力……間違いなく大技ですよね。……まぁいいです、リィ様に耐え切れるのか、確証も無かったですし。もし巻き込んで、怪我とか……万が一があれば、自責どころじゃ済みません」
「……はぁ」
「お、おぉ……? 初めて喋りましたね……? お喋りします……?」
「提供された情報では、お前は戦えないはずだったんだがな。もっと楽な仕事だったはずなのに、まさかこうなるとは」
「……ッ」
軽薄に笑って、リーダーらしき人物がユリに手を向けた。
「やれ」
たった一言のその命令を受けて魔力が更に暴れ出し、ユリはぎゅっと目を瞑る。
そして、深淵で自分の身を守ろうと――




