敵襲、逃走と時間稼ぎ
ユリが部屋に戻り、リーシュデルトを招き入れてから、数時間後。
それなりに早く解放され、ヴェルディーゼに転移されてやってきたメルールとユリが近況報告をし合い、ついでにリーシュデルトに少しだけちょっかいを掛けたりとしていると、ざわっと背筋に嫌な感覚を覚え、ユリが周囲へと視線を巡らせた。
「……リィ様」
「は、はい……大丈夫です、気付いています……何か、来ます」
「えっ……ちょ、ちょっと待って、何か来るの!? なんで気付けるの……!?」
「たぶん、大丈夫です。リィ様は主様にあそこまで言わせるお方ですし……でも、念のため離れないでくださいね」
「う、うん……」
「ユリさん、わたし、気配を掴むのはあまり……方向がわかれば、教えてください」
リーシュデルトが警戒するようにあちこちへと視線を向けながら言うと、ユリがこくりと頷いた。
そして、少し怖がっているメルールに寄り添いながら気配を探る。
ヴェルディーゼは濁していたが、ほぼ確実に相手は神。
となれば、転移で奇襲を仕掛けてくる可能性がある。
今は真っ直ぐこちらに向かってきており、このままならば扉から正面突破してくる流れになるだろうが――
「上から来ます!」
「っ、はい!」
唐突に上から魔力が現れるのを感知し、ユリが鋭く叫んだ。
リーシュデルトは即座にそれに応え、真上に腕を伸ばして幾重にも重ねた結界を展開する。
直後、ガキンッと硬いもの同士がぶつかり合う音が響き、上に人影と結界に阻まれ動かない刃が現れた。
「ひゃあっ……! ゆ、ユリぃっ……」
「大丈夫ですから。いざとなれば部屋から出るので、走る準備はしておいてくださいね。……リィ様、たぶんまだ来ます。焦った様子が全く無いです」
「はい……全体に張ってある結界も、強化しておきますね……」
ユリがメルールを怖がらせてはいけないと恐怖や焦りを抑え込み、感情を押し殺したような声で警告すると、リーシュデルトが頷いた。
もう一歩リーシュデルトの方へとメルールを連れて近付きつつ、ユリが周囲へと忙しなく視線を向けて警戒を続ける。
人影がどこかに消え、気配が遠ざかった。
次の攻撃が来るのだろうと、ユリが口を開きかける。
「次ッ……じゃない、増援……! 包囲!?」
「突破は、できそうですか……? それとも、籠城……?」
「……突破しましょう。大人数でこの部屋に押し入られたら、誰も戦えない以上は消耗戦になりますし、逃げられません。増援がもう来ないとも限りませんし。リィ様頼りになりますけど、行けますか? 数は、およそ十前後。多少の足止めくらいなら、私もできますけど……」
「行けます」
「んじゃ、早いとこ正面突破です。メルちゃん、走りますよ。準備はいいですか?」
「う、うんっ……怖いけど、頑張る」
ユリが二人の準備が終わったのを確認し、息を吐いた。
そして、慎重に気配を探って可能な限り大きな隙を見つけようと集中する。
「……すみません。動きが、バラバラで……捉えづらい……っ」
「全員が、さっきの人と同じ実力の持ち主なら……ある程度なら、押し切れます。走りながらだと、多少制御はブレてしまいますが……一斉攻撃でもされなければ、平気です」
「わ、わかりました。なら……あっ、今ですっ」
「はいっ」
「えっ、わぁあっ、急に……!?」
ユリがメルールの手を引き、リーシュデルトとともに飛び出した。
一瞬敵にざわめきが広がるものの、すぐに体制を整えて結界に斬撃や数々の魔法がぶつかっては防がれる。
「すみませんメルちゃん、本当はカウントダウンでもあれば良かったんでしょうけど、あまりにも動きがバラバラで、数秒も大きな隙なんて生まれなかったものですから」
「う、うん……大丈夫、だけど……さ、流石にっ、この光景は……凄く怖い、かも」
「怪我はさせませんから。とにかく走ってください。……リィ様、結界……持ちそうですか?」
「張り直しも、間に合いそうなので……ひ、一先ずは大丈夫です。でも……わたし、学園の構造全部が頭に入っているわけではないので、先導をお願いしたいです……」
「……あっ。つ、次の避難場所……! えっと、ええっと……」
ユリがきょろきょろと視線を彷徨わせる。
いくらとんでもない方向音痴のユリと言えども、長くここで生活してきたので全くわからないわけではないが、逃げ続けなければならない今、ユリはとても焦り、どこに行けばどこに着くのか、どこが何の部屋なのか、全て頭から吹き飛んでしまっていた。
ユリとも長い付き合いのメルールはそれをすぐに悟り、せめて案内だけでもと口を開こうとする。
「私が――」
「メルちゃん、危ない!」
案内を、と続けようとしたメルールの言葉を遮り、ユリが叫んだ。
そして、ユリが繋いでいた手をグンッと前へと引っ張ってメルールを無理矢理に前に移動させると、自分は手を離して振り返り、両手を前、敵がいる方へと突き出す。
「はっ、主様との特訓の成果を見せてやりますよ! 私を主様に守られるだけの小娘だと思っているなら大間違いなんですからねぇ!」
リーシュデルトが展開している結界の向こうが、真っ黒な深淵に呑み込まれた。
ユリがたっと再び振り返ってリーシュデルトとメルールと並んで走り、浅い息を吐く。
深淵は数秒ほどしか経っていないのに既に消滅していた。
ユリが魔法を解除したからである。
「誰かを殺す度胸なんて無いですけど……っ、数秒の時間稼ぎくらいならやれます! メルちゃん、落ち着いて道案内を!」
「……うん! 次は左に曲がって!」
メルールが頷き、息を切らしながらも必死に道案内を始めた。




