対極にいるから
廊下を歩きながら、そわそわとリーシュデルトがユリへと視線を送る。
ユリはそれに不思議そうな顔をしながら、こてんと首を傾げた。
「どうしたんですか、リィ様。何か聞きたいことでもあるんですか? 全然聞いてくれて大丈夫ですよ!」
「……あ、いえ、その……最高位邪神様は、わたしのことを……どのように説明されたのかな、と……」
「……詳しくは聞いてないですけど。主様が楽しそうに話すから、私が勝手に警戒しているだけで。……もしかしたら、狙ってるんじゃないか……とか……」
「ひっ、さ、最高位邪神様のことを……!? お、おそっ、畏れ多いです、無理です……」
「……凄く詰まってたから察してましたけど、ヴェルディーゼさんって呼び方は普段からしてないんですね。しかも名前すら呼んでない……」
「お、畏れ多いですから……」
ぷるぷると震えながらリーシュデルトが言った。
どうやらリーシュデルトはヴェルディーゼのことを畏怖しているらしく、ユリはどうしてそこまでと首を傾げる。
楽しそうな様子からしてヴェルディーゼはリーシュデルトのことを気に入っているので、酷い扱いを受けているわけでもなさそうなので。
「どうしてそこまで主様のことを……? リィ様、主様に何か酷いことをされたのなら私から言っておきますけど」
「えっ、あっ、い、いえ、そういうわけでは……そ、それと、わたしのことは様付けなんてしなくて構いませんので……」
「え〜、なんか気が引けます……主様のお知り合いですし」
「おしおしししししお知り合い!?」
「そ、そこまで驚くことですかね。さっきも知人とか言ってたのに。というか何度か会ってるなら正真正銘、何の疑いようもなく知人なんじゃ……?」
「えっ、だ、だって……あれは、みなさまに説明をするための方便のようなものなのでは……?」
「割とちゃんと気にかけていると思います。肉壁発言とかしませんし」
ユリが真顔で言うと、リーシュデルトが顔色を悪くして俯いた。
喜んだりする様子が微塵も無いので、ユリが本当にヴェルディーゼを狙うなんて一ミリたりとも考えていないのかと理解する。
しかしそれはそれとして、気になることもあった。
ユリとそれ以外で態度が違うのは、ヴェルディーゼを見ればすぐにわかる。
どれだけ鈍感でもわかるくらい、態度が違うのだ。
声も表情もユリに向けるものは甘ったるく、雰囲気もがらりと変わる。
だから、ユリには何故ヴェルディーゼに知人だと思われているとリーシュデルトが信じないのか、全くわからないのである。
「……他人への態度と、私への態度。主様結構明らかに変わりますよね?」
「えっ、そ、そうですね……? それは……はい、そう思いますが……急に何のお話を……?」
「なら、なんで主様に知人だと思われてるって信じられないんです? あ、その、これは単純な興味なので、答えるのが嫌だったら全然無視してくださっていいんですけど! 主様のリィ様への態度も、他よりは優しくてわかりやすいと思うんですけど」
「う」
「……あ、あぁ、やっぱ自覚あるんですね……」
ユリがそう言って苦笑いした。
リーシュデルトは後ろの方、ヴェルディーゼたちがいるであろう部屋を苦い顔をしながら見て、ふぅっと息を吐く。
そして、自嘲するように薄く笑って、言った。
「わたしは、最低位ですから……最高位邪神様とは、対極にいるんです。知人なんて……みなさまに、怒られてしまいます。……知っていますか、ユリさん。最高位というのは、一番強い人に与えられる称号なんですよ。一番……最強。……それに比べて、わたしは……最弱だって言われていて……」
「……えっと、あの。それは別に、主様に知人だと思われてるって話とは関係ないのでは?」
「……えっ?」
「あ、いや、言いたいことはわかりますよ。要は釣り合わないって思ってるわけですよね。最強と最弱じゃ、全然釣り合いが取れていないって。……それはわかっています。その上で……それって、本当に関係ありますか?」
ユリが尋ねると、リーシュデルトが戸惑うように視線を彷徨わせた。
何を言っているのかわからないといったリーシュデルトの様子に、ユリが少し考えてから首を傾げる。
「神様の世界には、弱い人は強い人と友達になっちゃいけないなんてルールがあるんですか?」
「……い、いえ。そういう傾向があるのは、事実ですが……ルールは、ありません……」
「なら、リィ様が気にしているのは他者からの視線ですよね? もしくはもっと直接的な……妬み嫉みを既にぶつけられてるとか? まぁいいです、とにかく他者が気になっているわけです!」
「は、はい……そう、ですね……?」
「じゃあ簡単なことです。もしその人が大切な人ではないのであれば、気にしなくていいんじゃないですか? リィ様が、それなりに主様と仲良くしたいならですけど……」
「……気にしなくても……?」
きょとんとしてリーシュデルトが首を傾げた。
リーシュデルトはこれまでずっと他者のことを気にして生きてきたらしい。
それ自体は別に悪いことではないのだが、そのせいでこのおどおどした自信のない性格になったのなら、それは悪影響でしかない。
そう考えて、ユリがぱっとリーシュデルトの手を取った。
「そして……リィ様、お願いです。もし、もしも望んでくれるなら、ですけど……主様と、友達のままでいてあげてください。私は主様のことを知ったばかりですから、これはただの推測でしかないですけど……主様は、友達と言えるような人が少ないです。だから……どうか」
「とととともとももももとと友達っ!?」
「え、友達って表現じゃダメですか? 主様はリィ様のことよくからかっているらしいですし、友達でいいかなって思ったんですけど」
「畏れ多いですぅ……」
「……あー……じゃあ、考えておいてください。友達でも、知人でも、なんでもいいですから。ねっ」
「…………そ、それなら、はい」
「やったぁ〜。あ、着きましたね。どーぞ」
部屋に到着し、ユリが嬉しそうにニコニコと微笑みながらリーシュデルトを部屋に招き入れた。




