変化した状況
メルールと抱き合いながら目を白黒とさせるユリを横目に、ヴェルディーゼが息を吐き出す。
とりあえずある程度ユリは落ち着いたので、ようやく大事な話に入ることができる、と。
「……さて。僕がユリにも彼女を起こせることを伝えなかった理由だけど……どう事が進もうとやる気が無かったからだね」
「……なんでですか?」
「言ったでしょ、別に今回のは世界にとっては深刻なものじゃないって。確かにこの世界は、酷い惨状になるかもしれないけど……それはあくまで表面的なもの。だからリィも、無理なら別に構わないって言ってる。自分が招いたことだしね」
『はい。ヴェルディーゼさんに無理は言えませんから……』
「こっちも仕事だから、やれる限りはやるよ。……ただ、仕事だからこそ。そういう役目だからこそ……この世界は表面的にしか危機に陥っていないから、僕は深いところまでは手を出せない。知人の頼みでも、無駄なリスクを冒すつもりはないよ。ただでさえ僕は面倒な立場なのに、そんなことをして狙われるなんて馬鹿らしいからね」
ヴェルディーゼがそう言って肩を竦めた。
そして、ネリルやアレクシスの様子を確認して、ところどころをぼかした説明でもなんとか付いていけていることを確認してから笑みを浮かべる。
ちょうどその時、アレクシスが言った。
「なら、どうしてあなたはここでそんな説明をしているんだ? その行動は、それこそリスクのように見える」
「うん、そうだね。状況が変わらなかったのなら、僕は丁寧にこんな説明なんかせずに、裏からの誘導を続けてたよ」
「状況が……変わったのか。……いや、でも異変なんて……」
「魔女が死んだ後に残るものが魔女の核。媒体としての価値は確かに高いけど……魔女自身が宿れるようなものじゃない。そもそもそんなことができるなら魔女はみんなやるだろうし、あくまでも魔物だからそんな発想ができるほど頭も良くない。ユリに核を見せた直後に現れたのもおかしいよね? あれは、魔女の姿を模していただけで、ただの別物だよ」
ユリがメルールからヴェルディーゼに視線を移し、考え込むように目を伏せた。
そして、少し迷いながらも、確かめるようにヴェルディーゼに向かって尋ねる。
「もしかして、ですけど……前に言ってた、私の存在が周知され始めてるっていうのが、関係して……?」
「そういうこと。ユリは僕の従者なんだから……あれは、僕を狙ってのことだろうね。ユリは弱いし、関係すら割れてるのなら恋人であるユリを狙うのは確かに合理的だしね」
「なんでわざわざ私のこと刺したんですか? 弱くないですよ、戦えないだけですよー。……ある意味最弱か、戦えないなら」
「僕が狙われてるのなら、僕が対応しないわけにはいかない。だから出てきたんだよ」
ヴェルディーゼがそう言い、口角を吊り上げた。
そして、腕を組んで剣呑な眼差しをして言う。
「僕のユリに手を出したんだから、あっちも相応の覚悟はできてるんだろうね。よほど自信があるんだろうなぁ!」
「ひぇ……なんかあんまり見たことない顔をしていらっしゃるぅ……あの、あの、別に全然軽い気持ちで私に手を出してたとしてもおかしくないと思うんですよ……だ、だから落ち着きましょう……?」
「……だから? 例えそうだとしても、ユリを怖がらせて、傷を付けようとした罪は償ってもらわないと……ね?」
「いや、うん、まぁ……私を傷付けようとしてきた他人がどうなろうとどうでもいいんですが……落ち着いてくださいよぉ。怖いんですよぉ……」
ユリがそう言ってメルールの肩に顔をうずめた。
メルールはニコニコしながらそんなユリの頭を撫でて落ち着かせている。
普通にユリに怖がられたので、ヴェルディーゼが雰囲気を普段のものに戻してユリに向かって微笑みかけてから、ヴェルディーゼがネリルへと視線を戻した。
「僕の敵は、竜じゃない。だから、あれは君に任せたい」
「う、うん……でも、アレクは……? 聖剣の適合者だから、役に立つんじゃないの?」
「弱い」
「あ、主様っ、冷めた声で言うのはやめておきましょう!? 魔女も倒せたんですし……!」
「魔女に苦戦してるようじゃ足手まといにしかならないでしょ。君……ああもうわかりづらいからいいや、ネリルなら魔女なんてすぐ倒せるでしょ。怪我もなく」
「……あ、あはは……」
「うぐっ、ぐ……っ、……そ、その通り、だとしても……どうにかして役に立つ……!」
「気合だけじゃどうにもならないよ」
「なんで主様そんな殿下にだけ冷たいんですか!?」
やけに冷たい声のヴェルディーゼにユリが叫んだ。
ネリルには及ばずとも、ユリよりかは戦えるのだから補助くらいはできるはずである。
ユリも心の問題で戦えないだけで弱いわけでは全く無いので模擬戦ならアレクシスに勝てる可能性も全然あるのだが。
「個人的に好きじゃないから……ユリのこと、勧誘しようとしてたし……」
「……あ、主様が申し訳ないです、王子殿下。気にしないでください……」
「あ、ああ……気にしないよ。……事実は、事実……だからね」
『……ヴェルディーゼさんから、可能なら加護を与えて欲しいと言われているので……大丈夫ですよ』
「加護?」
一気に視線が集まり、リーシュデルトがビクッと震えてから説明をしようと姿勢を正した。




