確かに、死んだ
軽く呪いについて説明をしたヴェルディーゼがラーニャへと視線を移し、息を吐く。
そして、腕を組みながら言った。
「二人にずっと付き添って世話をしていてくれるのは、本当にありがたいんだけどね。それで倒れたら本末転倒だし、手間が増えるだけだよ。ラーニャさん、君今何徹目?」
「……まだ、一日だけです」
「ふぅん、じゃあ途轍もない仕事量をこなしてそんな風になってるだけか。酷い顔してるよ、ラーニャさんも休んで」
「だ、だけど……先生はまだ調査の手伝いを終えたばかりで……ユリちゃんも、目覚めたばかりだから色々とお世話をするのは大変なはずです。私も……」
「必要に応じて手の空いてる他の教師に手伝いを頼む。この話はこれでおしまいだよ、ほら、ベッド使っていいから」
ラーニャがしばらく迷った後に頷き、ベッドに横になった。
ここは保健室なので、一応ベッドはまだ余りがあるのだった。
あんなことがあった後なので、他に怪我人がいないとも思えないのだが。
そんなことをユリが考えていると、ベッドに横になったラーニャがあっという間に眠り始め、ユリが目を丸くする。
疲労困憊だったのか、それとも……とユリがヴェルディーゼへと視線を移せば、彼は無言で微笑んだ。
ヴェルディーゼの仕業らしい。
「……さて、静かになったことだし……少しだけラーニャの話を補足しておこうか。ネリルが呪われることになった経緯だけど……彼女に傷一つないことからもわかる通り、ネリルはブレスを凌ぎ切った。ただ、それで力を使い果たしてね。たぶん、一人くらいなら守れたんだと思うけど……王子を聖女の力で守って、そのまま動けなくなったんだよ。それで抵抗できなくて、呪われた……って流れ」
「……私が、気絶したのは……主様の仕業、ですか?」
「僕は何もしてないよ。結構あちこち奔走してて、忙しかったからなぁ……敵意や悪意の介在していないところまでは調べられてないんだよ。うーん……今見た限りだと……転移の制御が上手く行ってなかったから……? ……いや、違うな。……リィの仕業か、これ」
「誰ですか!!」
「創世神」
「……あぁ。……え、でも、どうして……? ここの創世神様には私を気に掛ける理由なんてないじゃないですか……」
ユリが少しの動揺をあらわにしながら尋ねると、ヴェルディーゼが黙り込んだ。
どこか遠いところを見ているので、何かしているのだろうと察してユリが黙ってヴェルディーゼが口を開くのを待つ。
「……僕がよくリィをからかって遊ぶから、元々ユリには親近感が湧いてたんだって。関係性はともかく、からかわれてるのは事実だからって。それと……リィは僕に恩があるから、それもあって僕や僕の眷属であるユリがほんの少しでも心穏やかでいられるようにしたって言ってる。ユリはあの時点でも消耗してたから、それもあるだろうね。冷静ですらないのに、あれと渡り合えるはずがない」
「……心穏やかに……」
「……もう少しやりようはあったって、反省してるみたい。だけど……」
「わかっています」
フォローを入れようとするヴェルディーゼを遮って、ユリが言った。
自嘲するように笑って、ユリが自分を抱き締めて俯く。
そうして、ぽつぽつと話を始めた。
「……リュー、ちゃんが……し、死んじゃった……から。……冷静なんかじゃありませんでした。悲しみとか、怒りとか、恐怖とか……色んな感情が、ぐちゃぐちゃに混ざり合ってて……自分でも、何がなんだかわからないくらいで。頭が沸騰したみたいに熱くなって、真っ白になって……思考すら、支離滅裂で。……戦場から遠ざけられてたら、私……ラーニャ先輩が気絶していても構わずに責めていたと思います。騒いでいたと思います。仮に、なんとか落ち着けたとしても……きっと、色んなことが空回りして……もっともっと酷いことになっていたかもしれません。それで……あの場に王子様がいたら、私、掴みかかってどうして守れなかったんだって怒鳴ってたと思いますし。……そんな精神状態だったから。今も、完全に落ち着けているわけじゃないです」
ヴェルディーゼが無言のままユリに向かって腕を伸ばし、抱き締めた。
ぽすっと体重を掛けてくるユリの頭を撫でて、優しく背中を叩いて、あやすようにヴェルディーゼがユリを落ち着かせる。
そうすれば、肩を震わせていたユリは次第に落ち着いて、静かにヴェルディーゼに完全に身体を委ね始めた。
その顔を覗き込めば、幼子のような顔をしているユリが見えた。
「……主様」
「ん? どうしたの?」
「……リューちゃんは……本当に……。……本当に、死んでしまいましたか……?」
その問いに、ヴェルディーゼはしばらくの間黙り込んでユリの瞳を見つめ続けた。
そして、彼女が何を求めているのかを理解した後で、答える。
「死んだよ。確かに、死んだ。ユリの目の前で」
「……助けられなかったんでしょうか……」
「ユリにはね。僕なら可能だったけど、それをすれば将来的な被害が増えることになる。だから、助けなかった。……責めてもいいよ。間違ったことをしたとは思わないけど、ユリにとっては……」
「……責めないですよ……だって、わかってますもん。リューちゃんは、悪者なんだって……リューちゃんの目から、悪意を感じちゃったから……」
「……」
「……リューちゃん、本当に死んじゃったんですね。…………そっか……そう、なんですね……」
膝を抱えて静かに悲しむユリを、ヴェルディーゼもまた静かに慰め続けた。




