意識を失い
リューフィスが死に、絶句してその場から動けなくなるユリ。
かろうじて上を見れば、そこには巨大な漆黒の竜が三人のことを睥睨していた。
リューフィスのことを先程殺したばかりだというのに、彼女がいた場所にはもう一瞥もくれない。
「……な……なんなんですか……? リューちゃんのことを殺しておいて……そんな……そんなの……利用するだけ利用しておいて、あんな風に最期を迎えさせられて……興味すら持ってもらえないって、そんなの……」
『…………小娘』
低い声が脳を揺らし、ユリが目を白黒させながら竜を見上げた。
ちらりとネリルとアレクシスの様子を確認すれば、軽く頭を抑えながら竜を睨んでおり、どうやら二人にも聞こえているらしい。
ユリが竜から視線を外さないまま一歩二歩とネリルの方へと向かい、何かあれば一緒に逃げ出せられるよう備える。
『貴様、あの男の匂いがするな』
「……あの男……?」
『不愉快だ』
竜が言い、ブレスの予備動作を始めた。
一瞬でユリとネリル、そしてアレクシスが目配せをし合い、比較的被害を少なくできるであろう校庭に飛び出す。
校庭には魔物がたくさんいるので、人は既にほとんどいない。
少なくとも、巻き込んでしまう数は極力減らせるだろう。
「人は……ッッ、ラーニャ先輩!?」
「えっ、ラーニャちゃん!?」
「あっ……」
「ら、ラーニャ!? 何故ここにっ……どうして早く避難しなかったんだ!」
「ちょっ、殿下、怒ってる場合じゃなくて、ブレスが、ブレスがっ!」
校庭にて、物陰に身を隠していたラーニャを発見しユリが目を剥いた。
そのまま半ばパニックになりながら竜とラーニャを交互に見て、ぎゅっとラーニャを庇うように抱き締める。
位置からして、ラーニャの避難は間に合わない。
ネリルは聖女なので何かしらの手段で身を守れる可能性があるし、アレクシスはネリルのすぐ傍にいた。
何ができるのかはユリにはわからないが、何もできずともネリルの傍にいるのなら恐らくはどうにかなるだろう。
二人は物語の登場人物で、ネリルは原作通りの力を持っているはずだから。
しかしラーニャは、違う。
この世界に転生してきただけの一般人である。
彼女にはどうしようもないから、ヴェルディーゼに守ってもらえる可能性があるユリが庇うことしかできなかった。
そして、怪しまれたくはないが、ダメそうなら深淵で結界を作り出し、どうにかして身を守ろうとユリが決める。
吸って、吐いて、深呼吸を終えたユリに向けて、ネリルやアレクシスまでも巻き込む形でブレスが放たれた。
ユリが強く強くラーニャを抱き締めながら、深淵を周囲に放とうとして――ユリは意識を失った。
◇
「……ん……」
ユリが、ゆっくりと身体を起こす。
白い壁に、白い天井、ベッドも白く、清潔そうだ。
周囲には薬の匂いが漂い、その鼻をつんと刺激していた。
「……知らない、天井だ……じゃ、なくて。ここは……」
「あ……ユリちゃん……起きたんだ、ね。心配したよ……」
「ラーニャ……先輩? 一体……何が……あっ、そ、そうだ、先輩……ネリル先輩! あの竜は!? 何がどうなったんですか!?」
「……ネリル姉様……は……」
ラーニャが言いづらそうにユリから視線を外し、隣のベッドを見た。
そこに、深く眠っているネリルの姿があった。
ユリがわたわたとベッドから下りようとすると、ラーニャが慌ててそれを止める。
「待って! ダメだよ、ユリちゃん! まだ安静にしてないと!」
「ネリル先輩の様子を確認するだけです! 私、なんであんな大事な時に意識を失って……! っ、いいから離してください!」
「暴れないで! ほら、大丈夫だから、落ち着いて。深呼吸、深呼吸……」
「っ……すみません、冷静じゃ……なかったですね。……ふぅー……」
「よしよし……上手だよ。落ち着けたなら、ゆっくり立ち上がって。慌てないように……ゆっくり動くなら大丈夫だから」
「は、はい……」
ラーニャに支えられながら、ユリがネリルのもとへ向かう。
目立った外傷は無いし、ちゃんと呼吸もしている。
深く眠っていること以外は、気になるところなど無いはずだ。
しかし、それなのに何故か、ユリはその姿に嫌な違和感を抱いた。
なんだろう、と思いながら、ユリがじっとネリルの様子を観察する。
一分ほど見つめ続けて、ユリは気付いた。
「……静かすぎる」
「え……? ユリちゃん?」
「……ラーニャ先輩。まだ……私に、言っていないことがあるんじゃないですか? ネリル先輩は……本当に、眠っているだけなんですか?」
「……ユリちゃんは、鋭いね」
重苦しい沈黙の後に呟かれた言葉に、ユリがきゅっと唇を噛み締めた。




