邪王竜
ユリが慌てて、ネリルとアレクシスの後を追いかける。
するとそれを見たネリルが心配そうに叫んだ。
「ユリちゃん、本当に来て大丈夫なの!? 狙われてるのはユリちゃんでしょ!?」
「囮にしてくれてもいいんですよ! 戦えないですけど、ちゃんと逃げたり躱したりしますから!」
「お、囮にはしないけど……っ、ひゃっ」
ネリルが瓦礫に躓きかけると、ユリが一気に距離を詰めて転ぶ前にネリルを受け止めた。
万が一ネリルに怪我でもされると、戦うのはまだまだ精神的に難しいユリでは厳しいので。
ヴェルディーゼ曰く攻略対象たちは弱いらしいので、アレクシスだってあてにならない。
「わっ……ユリちゃん、早いね……」
「どやぁ。んふふ、戦闘に期待されると困りますけど、これくらいならいけますよ。足手まといにはならないって言葉、信用してもらえます?」
「私は元からそんなに疑ってないよ? アレクはこれを見るまで、どうにかして撒こうとか考えてたみたいだけど」
「……一般の生徒があんな風にネリルを受け止められるほどすばしっこいなんて思うわけないじゃないか」
「そりゃあそうですけど。それはそれとして、撒こうとしたってそうはいきませんよ。大体、こんなところに私を放置したら、リューちゃんに見つかって終わりですよ。いくらすばしっこくても体力に限界はあるんですから」
冗談めかしてそんなことを言いつつ、ユリがネリルの身体を起こして正面を睨んだ。
どうやらリューフィスには魔物を操る力があるらしく、上手く魔物に足止めをされ、順調に引き離されてしまっている。
今はまだ見える位置にはいるが、その内見えなくなってしまってもおかしくはないだろう。
「……すぅっ……リューちゃ〜〜〜〜ん!! 私はここですよぉ〜〜〜!! 大っ嫌いで殺したくて堪らない私から逃げちゃって、本当にいいんですかァ〜〜〜!? ぷくくっ、裏切者だってことを明かしておきながら散々仲良しの仮面を被って煽ってきたくせに、自分はちょぉ〜っとピンチになっただけで退散ですかァ! や〜んリューちゃんったらか〜わ〜い〜〜♡♡」
「ちょっとユリちゃん!? 急に何してっ……」
「お〜にさ〜んこ〜ちら〜ぁ♪ あっ、ごめんなさい! リューちゃんは鬼じゃなくて情けなァ〜く嫌いな人に背を向けて逃げてるんでしたね! よわよわの逃走者でしッぴぁっ!?」
ユリが全力でリューフィスを煽っていると、何か黒いものが壁ごとユリを薙ぎ払おうとしてきた。
よく見るとそれは巨大なイカの魔物の触腕らしく、 ユリが頬を引き攣らせる。
リューフィスの足を止めようと煽ったのだが、思ったより大きな反撃が来たので。
「ふ……ふふふっ……いいですよ。そこまで言うなら……遊んであげます」
「えっあっえっ、そっ、そんな釣れるとは思ってなかった……」
「……そこの女を殺しなさいっ、クラーケン!」
「ひゃぁ〜〜っ、ネリルせんぱぁいっ」
ユリが悲鳴を上げながら必死になってクラーケンの攻撃を走り始めた。
廊下をあっちこっち走り回り、転げ回り、跳ね回ってユリが時々リューフィスを煽ってその足を止めさせる。
「あっれェ〜〜?? 逃げちゃうんですか? 逃げちゃうんですかぁ? リューちゃんってば! まさかまさかまさかまさか逃げちゃうんですかァ〜〜〜!?」
「もう煽らなくていいから。ほら、ネリルに任せよう」
「あっはい」
そうこうしている内に、ネリルの準備が整ったらしい。
ネリルが凛とした声ですらすらと詠唱し、クラーケンを睨みつける。
リューフィスは背後を見て、逃げようとはするもののしかし忌々しそうにユリを睨み、その場から動けずにいる。
「神の抱擁を以て、汝は救われるだろう――!」
言い終えると、つい先程リューフィスが乗っていた魔物を滅ぼしてみせたように、しかしあれとは桁違いの力でネリルがクラーケンを滅ぼした。
リューフィスが後ずさり、ようやく逃げようと足を動かし始める。
しかしそれよりも前に、ユリが抱きつくようにしてリューフィスを拘束した。
「ふぅ……っ、ふぅ……逃がしませんよ……!」
「ッ……」
「リューフィスさん、だったね。観念するといい。君の罪は王子である僕が見届けた。王国が然るべき罰を君に下そう」
「……くっ……」
リューフィスがキッと三人を睨みつける。
数秒ほどの沈黙が降りて、しっかりとリューフィスを拘束したまま連行しようとしたところで、ユリがその異変に気付いた。
「待ってください! 殿下も、近付かないで! 様子が……」
「くっ、ふ……ふふふふふふ……! もう、手遅れですよ……王国が私の罪を裁く? 笑わせてくれますね……ほら、周りを見てください……暗すぎると、思いませんか?」
「暗すぎる、って……一体何が……リューフィスさん、白状して! あなたの背後には、一体誰がっ」
「さぁ、邪王竜様! 時間は稼ぎました! あの女をっ、この学園のみんなみんなみんな! 滅ぼし――」
ジュッ、と。
本能的にユリが回避行動を取った直後、その耳元で嫌な音が鳴った。
は、と掠れた息が、その口から漏れる。
視界の隅に、リューフィスがつい数秒前までいたはずの場所に、黒い光線のようなものが見えた。
光線が少しずつ収束するようにして消えて、そこに、リューフィスはいなかった。
「…………リュー……ちゃん……?」
燃えカスのような、黒い何かだけが、そこに残っていて。
逃げるような足音も、気配も、何も感じ取れなかった。
それが意味することは、一つで。
「……あっ……ッあ……!?」
意味のある言葉を発することもできず、ユリがただ目を見開いた。




