聖女の名のもとに
少しふらつきながら避難所になっている場所に辿り着いたユリが、きょろきょろと周囲を見回す。
するとすぐにネリルが駆け寄ってきて、その手をぎゅっと掴んだ。
その後ろからはアレクシスも付いてきており、相変わらずじっとユリのことを見つめていた。
「ユリちゃん! そんなにふらふらして……どうしたの? それに、顔に切り傷がたくさん……」
「……ぁ……っ、ネリル……せんぱい……ネリル、先輩……ッ」
「ユリちゃん? 何かあったの? それともこの状況が不安? ゆっくりでいいから、私に話してみて」
「……りゅ、リューちゃん……が、リューちゃんが……」
「リューちゃん……ユリちゃんのお友達? 一緒には来てないみたいだけど、もしかして巻き込まれて――」
そんな推測を口にするネリルにユリがふるふると首を横に振り、震えて上手く言葉を紡げない唇を噛んだ。
ユリが先ほどまでは多少は落ち着いていたのに今はパニックになってしまっている原因は、ヴェルディーゼである。
ユリをここまで導くために先ほどまではヴェルディーゼは念話を繋いでいたのだが、やることがあるからと辿り着くなりすぐに切られてしまい、ユリはパニックになっているのだ。
とはいえあまりにも差が激しいので、他にも多少の干渉を行って不安になりやすくさせている可能性もあるが。
「リューちゃんが……私を、……っ……殺、そうと」
「……え?」
「…………っ……リューちゃんが……魔物側の……内通者だって……それで……私、必死で……」
「……その子の特徴は?」
「え……あ……っ。りゅ、リューちゃんは……」
ユリが声を震わせながら必死になってネリルにリューフィスの特徴を伝えていく。
それが終わるとユリは躊躇うように視線を彷徨わせ、俯いた。
何か言いたげな様子のユリにネリルが声を掛けると、ユリは苦しそうに尋ねる。
「もし……リューちゃんが捕まったら……リューちゃんは、どうなりますか……?」
「……それは……」
「ほぼ間違いなく、死罪かそれと同等の処罰が下されるだろう。もしも魔物に洗脳されていただとか、そんな理由があったのなら多少の情状酌量の余地はあるだろうが……何にせよ、重い罰が下されるのは間違いないね」
「アレク! 今のユリちゃんにそんなこと……!」
「今誤魔化してどうするんだ、ネリル。辛い事実なのはわかっているけど……彼女だって、返ってくる答えがどんなものなのかわかっていて聞いたはずだ。だからこそ躊躇ったんだろう。優しい嘘を吐いても何も変わらない」
「……それは……」
「だ……大丈夫です、ネリル先輩。……そろそろ……落ち着いて、きましたから。……すみません、入る前は落ち着いてたんですけど、ネリル先輩の顔を見たら安心しちゃって……パニックがぶり返しちゃったみたいで」
「あっ……落ち着いたのなら、良かった。……その、ごめんね。その子のことは……私たちには、捕まえることしかできない」
ネリルが言うと、ユリがふるふると首を横に振った。
そして扉の方を見ると、物憂げな表情で息を吐く。
「確かに、辛いです。今でもリューちゃんは私にとって、大切な友達ですから。でも……だからって、あの子は悪くないなんて言えるわけがないですし……事実として、私は襲われました。学園への襲撃を手引きしたのも……彼女だそうです。残念ながら、庇いようがないんです。……むしろ、ネリル先輩は……私のこと、疑わないんですね。もしかしたら、私が自分の罪をリューちゃんに擦り付けているだけかもしれないのに」
「私は疑ってないよ。ちょっと誤魔化してる部分があるだけで、何も嘘は吐いてないから」
「えっ……と……それは、普通に疑うべきなのでは……?」
ユリは、真実をぼかして伝えているだけで、何も嘘は吐いていない。
故にネリルの発言は的を得ているわけだが、ユリがネリルを騙しているのは事実である。
実際、アレクシスからは常に警戒するような視線が注がれており、客観的に見てユリは怪しいはずなのである。
それなのに何故ネリルは自分のことをそんなにも信じているのかと、ユリが戸惑うような視線を向ける。
「ユリちゃんが悪い子にはとても見えないから、そう言ってるんだよ」
「ただのネリル先輩の印象じゃないですか、そんなもの……」
「私はユリちゃんのこと、数ヶ月間ずっと見てきたんだからね。アレクも、私の目を信じてよ。そんなバレバレな感じでユリちゃんのことを怪しんでないで!」
「ば、バレバレじゃないですよ!」
「ほらバレバレ」
「……あっ。いやでもこれは、私が優秀なだけなんです! 殿下は凄いです!」
口を滑らせてしまったので、ユリが慌てて自分が優秀だから怪しまれたことに気付けたのだとフォローをする。
アレクシスはそれに苦笑いをすると、軽く礼をして言った。
「すまない、気を使わせたね。ただ、僕は……怪しんでいることは否定しないけど、ただ不可解なだけなんだ」
「ふ……不可解、ですか?」
「ああ。怪しまれまいとするわけでもなく、更には怪しい行動すらあまりない君が……一体、何をそんなに誤魔化すことがあるのか、とね」
「ほ、本当に怪しい行動少ないでしょうか、私……? いえあの、怪しくないに越したことはないんですけど……割と違和感のある人間だとは思うんですけれども……?」
「ただの変な人間なんだと僕は思っているけど。高位の家の出のはずなのに、そんなだし」
「そちらこそ王子なのに失礼な物言いが多くないですかね……まぁいいです。信じてくれるのなら手っ取り早い。リューちゃんのこと……探すんですよ、ね。……私も行きます。足手まといにはなりませんから」
ユリが決然とした表情で言うと、アレクシスが難色を示した。
確かに一目で彼女がそうであるとわかる存在がいるのはありがたいが、それでも一般人を危険に晒すわけにはいかないと。
「……やはり、君は連れていけない。申し出はありがたいが――」
「あら、ユリちゃんは付いてきてくれないんですか? ふふ、寂しいですね」
「……ッ!」
ユリが嫌な予感に身を任せてその場から飛び退いた。
そして、黒い虎のような生き物に乗った人物を悲しそうに見る。
「……リューちゃん……」
「私はあなたを殺すつもりだって、ユリちゃんもわかっているはずなのに……よくもまぁそんな顔をできますね。ですが……ふふっ、あのお方から言い付けられている殺害対象が二人もいるなんて、運が良いですね。死んでください」
「ユリちゃん、危ない!」
叫ぶネリルを横目に、ユリがこくりと息を呑んだ。
そして、鎌を出してしまおうかと逡巡する。
リューフィスに傷を付けることは叶わないだろうが、ネリルやアレクシスを守ることくらいなら、と。
人に振るうのは怖くても、他の方法で鎌を使用することができないわけではないのだから。
しかし、ユリがその決断を下す前に、ネリルがリューフィスの方へと腕を伸ばした。
「聖女の名のもとに……全ての魔よ、浄滅せよ!」
そんな言葉が響いた瞬間、リューフィスが乗っていた魔物が白い光に包まれて消え去った。
リューフィスがキッとネリルを睨み、舌打ちをして踵を返して逃げていく。
「へっ……うえっ、えええ……!? ね、ネリル先輩、な、なんですか今の!?」
「ごめんユリちゃん、それはまた後で説明する! 追うよ、アレク!」
「ああ」
「えっ……あっ、待っ、待ってください! 私も〜〜!!」
リューフィスを追いかけて去っていく二人の後を追い、ユリが走り出した。




