小さな不満
部屋に入ったユリは、しっかりと扉を閉めてからきょろきょろと中を見回す。
明かりが付いているので、ヴェルディーゼは帰ってきているはずなのだが。
一度帰ってきてからまた出かけて、その際に明かりを消し忘れてしまったのだろうかとユリが首を傾げながら部屋の奥へと向かう。
「……あ、いた。ただいまですー、主様〜」
すると難しい表情で虚空を眺めて何やら考え事をしているらしいヴェルディーゼを発見し、ユリが明るく声を掛けた。
反応が返ってこないのでちょいちょいとユリがヴェルディーゼの服を摘んで存在を主張すれば、はっとヴェルディーゼの視線がユリを捉える。
「……おかえり。遅かったね」
「はーい、ただいま帰りました。泣き疲れて寝ちゃったラーニャ先輩をネリル先輩と一緒に部屋に連れて行っていたので。まぁ、お話そのものも最後まで聞いてたので、そのせいで遅くなったのもありますけど……」
「そっか。……」
「まーた考え事ですか? 私も一緒に考えますよ? それなりに頭いいですよ? ねっ?」
「いいよ。ユリは気ままに過ごしてて」
「私を仕事に同行させた意味は……?」
「癒し」
即答するヴェルディーゼにユリが頬を引き攣らせた。
ユリとしては癒し以外でもヴェルディーゼの役に立ちたいので、ぷくりと頬を膨らませてその隣へと腰掛ける。
そして、膝を抱えながら拗ねた表情をして淡々と話し始めた。
「ごほーこくです。ネリル先輩からの信頼は得られてますけど、王子様には怪しまれてます。盗み聞きがバレたタイミングからして何らかの手段で念話を感じ取ったとかその辺りでしょう。以降もずっと観察され、何度か目が合ったので怪しまれてるのは確実です。ラーニャ先輩の方は未知数ですかね、ずっと泣いてばかりだったので。とはいえ同郷ってこともありますし、そこまで怪しまれてはいないかと」
「……え、あ、うん。……やっぱり王子は殺しちゃダメ?」
「ダメです。なんでいいと思ったんですか。あとなんでそんなびっくりした顔してるんですか」
「いや……だって、急にユリが真面目な顔で報告なんて始めるから、凄くびっくりして……そんなに怪しまれてた?」
「それはもう凄まじく」
真顔でユリが頷くと、ヴェルディーゼが眉を寄せてまた考え込み始めた。
不穏なことを考えている顔をしているので、ユリが躊躇無くその頬を鷲掴みにして睨みつける。
「ダメですからね?」
「……何のこと?」
「王子様をどうしてやろうかとか考えてませんでした?」
ヴェルディーゼが無言で目を逸らした。
考えていたらしい。
とはいえ、流石に実行に移すとは思えないので、ユリが数秒ほどヴェルディーゼを睨んでから手を離す。
そして、咳払いをしてからそっとヴェルディーゼを見上げ、頬を染めた。
「あの、あの……主様。……あのぉ……」
「うん、何?」
「私、あの……有益な情報をお届けできましたか?」
「……うーん、そうだね……うん、手間が省けたし。早めに怪しまれてるって情報を得られたのは良いことだね」
ぱあっ、とユリが目を輝かせた。
それを見てヴェルディーゼが褒められたいのかと察し、その頭をぽんと撫でる。
更にユリの顔が輝いたが、それだけでヴェルディーゼは考え事に戻ってしまいユリが肩を落とした。
そして、これ以上邪魔をするわけには行かないからとシャワー室に向かう。
そうしてユリがシャワーを浴びながら、愚痴るように小さく口を開いた。
「……いや、嬉しい。うん、嬉しい……けどぉ……頭ぽんってされただけ……もうちょっとなんか、口で褒めてくれたりとか、撫でてくれたりとか……あっても……いやでも、恥ずかしいのが理由とはいえ直接は言えなかった私も私ですしぃ……うぅ、ううぅ〜。……主様考え事ばっかりで、全然私のこと見てくれないし。帰っても気付いてくれないし。うぐぅ……」
「ユリ? ぶつぶつ喋ってどうしたの?」
「わひぃ!? ……な、なんですか? 扉開けちゃダメですよ?」
「いや、疲れたし王子のことでちょっとイライラしたから休もうと思って。いつの間にか居なくなってたけど、ここにいたんだね」
「休もうと思って何故ここに……??」
もう身体も洗い終えて泡も流し、すぐにでも出られる状態なのだがヴェルディーゼがいるので出ることができず、身体を隠すものもなく、ユリがきょろきょろと視線を彷徨わせながら小さめの声で混乱を露わに呟いた。
するとヴェルディーゼはそっとシャワー室の扉に手を掛けつつ、扉の向こう側でにこやかに微笑む。
「添い寝したいから、迎えに行こうと思って」
「入ったらしませんからね!?」
「……ふふ、しょうがないなぁ。冗談だよ、ここで待ってるね」
「ああああああっ、ほんッとうにぃ! あなたって人はぁ! 私出ませんからね! 私が風邪引いて困るのは主様なんですからね! ……困りますよね?」
「うーん、そうだね。自分でもできるけど、ユリを利用した方が学園の状況の確認は便利かなぁ。今はあっちに集中したいし。……さて、満足したしベッドで待ってるね。風邪引かないように早めに出てくるんだよ」
「またからかっただけっ……うー、うぅ〜! 絶対いつか仕返ししてやりますからね! ばーかばーか!」
怒らせたくはないしヴェルディーゼに対して暴言を吐くのも憚られるので、ユリが語彙を小学生低学年くらいに下げつつ叫んだ。
しかし反応は特に無く、ユリは悲しそうにしながらヴェルディーゼと添い寝をするのだった。




