約束
ラーニャとネリルの話がちゃんと最後まで終わったのを確認して、ユリが駆け寄る。
そして、そっとネリルを見上げると、何を言おうか迷うように口元をまごつかせた。
それを見兼ねてか、ネリルが先に口を開く。
「ユリちゃん、ありがとう。ここまで、案内してくれて」
「ああ、いえいえ……お礼を言われるようなことじゃないですよ。散々迷って、凄く時間もかかっちゃいましたし」
「そんなことはどうでもよくなるくらい、感謝してるんだよ。……私、知らなかった。ラーニャちゃんがこんなに怖がってるなんて」
「それは……。……ネリル先輩には、ラーニャ先輩……行かないでって言わなかったんですね」
「うん。危険なところになんて……私、行ってないからね」
「……ああ。……いや、まぁ……普通はそうですよね。……怖いことに関わりたくないので、殿下のことは何も聞きませんけども……」
そう答えながら、おかしいな、とユリが思う。
ヴェルディーゼは、攻略対象者たちが弱いと口にしていた。
ネリルが弱いとは一言だって言ったことがなく、つまりは、強化イベントやらは経験しているはずなのだ。
となれば、危険な場所に行っていないなんてことは、あり得ないはずで。
まぁ、自分も危険な場所に行っていましたなんて言えるわけがないので嘘を吐いているのだろうと当然の判断をユリが下した。
しかしそう思いながらも、アレクシスは知っているのだろうかと、ユリがそっとそちらへ視線を移した。
バチリと目が合う。
「……どうしたんだい、急にこちらを向いて」
「あっ、いえ……その。……すみません、好奇心が疼いてしまって……聞きませんよ。絶ッ対、聞きませんから! 何も! ……って、そういえば、ラーニャ先輩一言も喋ってませんけど……あ、寝てる」
どうしてアレクシスは危険な場所に行こうとしていたのか気になってしまった、という体でユリが誤魔化しつつ、すぐに話題を変えた。
そして、すやすやと眠っているラーニャを見ると、そっとその頭を撫でる。
その寝顔は、健やかとも安らかとも言い辛いが、それでも先程までの酷い表情に比べればいくらかは安心しているように見えた。
「……ねぇ、ユリちゃん。申し訳ないんだけど……ラーニャちゃんの寮の部屋、どこか知ってる?」
「ああ、知ってますよ。行けるかどうかはともかく」
「うん、それでも大丈夫。知らないわけじゃないんだけど、あんまり行ったことがないからちょっと不安でね。それに、ラーニャちゃんのこと抱えたまま辿り着けるかどうかも不安で……付いてきてくれないかな?」
「はいっ、大丈夫ですよ。……あ、でも、この泣き腫らした顔じゃ同室の人に驚かれちゃいますね……うーん、どうにかできるといいんですけど……すぐには無理かも。しょうがないかぁ……」
「……そう、だね。じゃあアレク、また明日ね。気を付けて帰るんだよ」
ネリルがそう言ってアレクシスに向かって手を振り、ラーニャを抱え直した。
慌ててユリがネリルに付いていき、歩きながら尋ねる。
「あの……今更かもしれないですけど、大丈夫ですかね。もう寮にいないといけない時間なんじゃ……?」
「うーん……まだギリギリ、ちょっと自由活動を長めにやってたのなら居てもおかしくない時間じゃないかな。怒られたりはしないと思うよ?」
「そう……ですか。それならいいんですけど」
「付き合わせちゃってごめんね。ユリちゃん、用事とかなかった? 大丈夫? アレクの手前、断れなかったとかなら今からでも……まぁ、ちょっと不安だけど……」
「ネリル先輩に無理はさせたくないですし、別に構いませんよ。用事もないです。心配ご無用ですっ」
元気な笑顔を見せながらそんなことを言ってネリルを安心させつつ、ユリが歩いていく。
ネリルが先導してくれているので、迷う心配は無かった。
しばらく歩くとネリルの息が少し切れてきたので、ユリがネリルからラーニャを受け取る。
相当深く眠っているらしく、ラーニャは目覚める素振りすら見せなかった。
「……わ。ユリちゃん、力持ちだねぇ」
「えへへ、力持ちってほどじゃないですよ? でも、まぁ、ラーニャ先輩みたいな女の子一人くらいならへっちゃらです。ネリル先輩も行けますね、たぶん」
「ふふっ、そうなんだ? じゃあ、私も今度お姫様抱っこしてもらっちゃおうかな」
「大歓迎ですよ〜」
「やった。じゃあ、約束ね。お姫様抱っこなんて何年ぶりだろう、楽しみ」
「はい、約束です。……と、そろそろ寮が見えてきましたね! よーし、ラストスパート〜!」
「ユリちゃん、そっちの道じゃないよ。しっかり付いてきて」
「……あ、ほんとだ……」
ユリが頬を染めながらネリルの後を付いていき、ラーニャを部屋まで送り届けた。
同室の人には驚かれたが、しっかり着替えさせてベッドに寝かせておくと言ってくれたので二人はそのままそれぞれの部屋へと向かっていた。
一人部屋は一人部屋で纏まっているので、二人が向かう方向は大体同じである。
「今日はありがとうね、ユリちゃん。後半ずっと運ばせちゃって、ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください。私こそ、ありがとうございました。ネリル先輩がいなかったら今日は迷ってたかも」
「……なんで毎日ちゃんと帰れてるの?」
「いつもは友達が誘導してくれるんですけど、今日は二人ともいなくて。あ、でも、ちょっとずつ道は覚えられてるんですよ! 本当です! いつもだって、二人が誘導してくれるのは途中までですし!」
「そっか。ちゃんと帰れてるならよかった。……じゃあ、また明日ね。おやすみ、ユリちゃん」
「はい。おやすみなさい、ネリル先輩」
ユリがそう言って手を振り、自分の部屋へと入っていった。




