うるさいヴェルディーゼと視線
ヴェルディーゼに念話で誘導されながらユリはネリルを先導し、今現在はラーニャのいる教室の隅に縮こまり大人しくしていた。
邪魔をしないようにか、その傍にはアレクシスもいる。
ユリとしては緊張するのでわざわざ隣には来ないでほしかったのだが。
「ネリル姉様……私っ、……わたし……」
「大丈夫、ゆっくりでいいよ。ちゃんと聞いてるから」
ゆっくりとラーニャの頭を撫でながら、ネリルが言う。
それをユリが心配そうな表情でジッと眺めて、落ち着かない様子で視線を逸らしてはアレクシスと目が合って結局ラーニャとネリルの方へと視線を戻す。
「……もし時間が気になるようなら、僕がちゃんと見届けるから行ってしまっても構わないよ? ラーニャにも、長く付き合わせるわけにはいかないと言われているから、怒ったり悲しんだりはしないと思う」
「え……あ、いえ……そうじゃなくて……私は、ただ。……ただ……ラーニャ先輩、大丈夫かな……って。その……あんな姿を見ちゃったわけですし……今も、あんなに震えて……」
「……そう、だね。けれど……見守ることしかできない。……もどかしいな」
アレクシスの言葉を聞きながららユリが俯いた。
そっと胸の前で両手を握り締め、揺れる瞳で二人を見る。
そして――
『僕がこうしてお前らのためにお膳建てしてやってるっていうのに、なんだコイツっ。至近距離でユリを見つめやがって!!』
『うるっせぇです主様! 怖いので口調変わるほどキレるのやめてくれませんか!』
『だって僕がユリの傍に居たいのを我慢して我慢して我慢して我慢してどうにか世界を救えるようにしてやろうと必死になって奔走してるのに、コイツは! ユリのことを至近距離で見つめて言葉を交わして……っ、ユリは僕のものなのに!』
『そんなに異論はないけど私は物じゃありません。あとうるさいです』
『もう見捨てていいかな!?』
『それはダメです! 終わったらたっぷり褒めたりしますから! やれる範囲でお願いいっぱい聞きますから!』
念話を繋いだまま、ヴェルディーゼが荒ぶっていた。
とてもうるさい。
『お願いねぇ……はぁ、はぁあああ……っ。……地下室に監禁するとかでもいいの?』
『えっ、あっ……えと……救世がちゃーんと終わった後でなら……? ……そもそもわざわざ監禁する必要あります?』
『なんで』
『うっ、低い声にならないでくださいよぉ……ほら、主様のお城……なんて言えばいいんですかね。あの、私たちのお家は世界として独立しているわけじゃないですか。私は転移とかできないじゃないですか。つまり……わざわざ監禁するまでもなく、普段から私は監禁されているのでは?』
『監禁の目的はあくまでも絶対に僕の目が届く場所に居てもらうことだからなぁ。別にあの世界を歩き回ったところで僕が見失うことはないけど、すべての場所が肉眼に収められるわけじゃない。だからダメ。なんなら手は出さないって約束してもいいから絶対に動けないようにしてベッドに転がしておきたい。攫っていいかな』
『わー……わぁ〜〜……』
ユリが何も言えずにそんな声だけを返した。
しかし、このまま何も言わずにいると有言実行で攫われそうなので、そわそわとネリルとラーニャを見守りながら念話で必死に訴える。
『あ、あのですねっ。困るので、ダメです!』
『……ふぅん』
『大丈夫と見せかけて全然ダメな予感がしますぅっ。そ、そ、そもそもですよ? ここで私が怪しまれて困るのは主様なのでは?? 武器向けられたりしたら私無理ですよ!? 抵抗できませんからね!? 恐怖のあまり無様にも泣いて喚いて助けてーって叫びますからねぇ!?』
『……ふふ、可愛い。落ち着いてきた……』
『えっ、これで可愛い落ち着くは流石に引きます……』
『大丈夫、色々歪んでるのは自覚してる。……そろそろ、話も終わりそうだしね。概ねもう聞いた話だけど』
『そ……う、ですね。怖くてどうしても行かないでほしくて、なんて話をずっとしてますね。……ラーニャ先輩……』
ユリが眉を寄せてとても苦しそうにラーニャを見た。
あの切実そうな、必死な表情を思い出してしまったのだろう。
普段は明るく振る舞っていたラーニャが、あんなにも取り乱して行かないでと訴える。
アレクシスたちは今回だけでなくその以前もちゃんとそれは無理だと断るべきだったとは思うが、それでも受け入れてしまった気持ちは、痛いほどによく分かる。
こんな顔をさせるくらいならと、受け入れてしまう気持ちは、本当に。
『……それでも、ダメだよ。アレクシスも、ルシオンも、全員間違った』
『あ……すみません、伝えるつもりはなかったんですけど……漏れちゃいましたか』
『うん。念話切っても平気? 上手くやれそう?』
『はい、大丈夫です。頑張ります』
ユリがそう伝えて、念話が切られたのを確認して二人を見た。
二人は既に話を終えていて、ラーニャは泣き笑いの表情をしながらネリルに頭を撫でられている。
安心しながらユリがそれを見て、そっとアレクシスへと視線を移す。
「……あの……ずっと私のことを見ていますよね? 何か……?」
「……いや、すまない。なんでもないよ」
「そう……ですか?」
ユリがきょとんとしながら首を傾げ、しかしすぐに今優先すべきは二人のことだと判断して駆け寄っていった。




