人探しと原因
「……メルちゃんは領地に。リューちゃんは体調不良でお休み……はあぁ。ぼっちだ……」
一人で廊下を歩きながら、ユリが溜息を吐いた。
現在は放課後、自由活動のために廊下を移動しているところだった。
普段ならば途中までメルールやリューフィスと一緒に向かうのだが、今日はどちらもお休みなので一人で向っているのである。
「……あっ、ユリ!」
「はい? ……テーチャ先輩? どうしたんですか、自由活動の時間なのに廊下にいるなんて珍しい……」
「ネリルを見なかったか? いつもならもう到着しているはずの時間なのに、来てないんだ」
「はあぁ……お友達と話してて遅れてるとかはありえないですか? まだ教室にいるんじゃ……」
「そう思って様子を見に行ったんだが、ネリルは急いで教室を飛び出していったそうでな。何かに巻き込まれたりしていないといいんだが……」
「……心配なんですね……んんー。……私、ちょっと探してみましょうか? 近くの教室を見て回るくらいなら大した手間じゃないですし……」
「いいのか!?」
「いいですよ、ネリル先輩のこと好きですから。どの辺見ました? とりあえず違うところから探してみるので、教えてください」
早口気味に確認した場所を挙げていくテーチャに苦笑いしつつ、すべてを聞き終えてユリが頷いた。
そして、テーチャと分かれると少し早足気味に歩き始める。
「さーてと。心当たりとしては……王子殿下ですかね。場所についてはサッパリだけど……王子殿下に声をかけるのは無理だから、ルシオン様がいたら……領地にいるんだった。後は……後は〜……」
「あ、ユリちゃん」
「はい、なんです……えっネリル先輩!? なんでここに!?」
「その……テーチャが私を探してたから、追いかけてたんだけど……あまりにも焦って走ってるものだから、追いつけなくて。ただ、あんまり長くこの辺を離れたくもなくてね……」
「えと……ネリル先輩もネリル先輩で、なんかある感じですか……?」
「うん、ラーニャちゃんが急いで教室を飛び出していったから、気になって追いかけてたんだけど、見失っちゃってね。……あ、アレク見てない? 確かラーニャちゃんと話をする約束があるって言ってたはず」
「王子殿下が……?」
きょとりと目を丸くしてユリが首を傾げ、すぐに見かけていないと首を横に振った。
ラーニャは急いで教室から出ていくタイプではなさそうなので、よほどの急用でもあったのだろう。
ただそれだけで済む話のように見えるのに、とても焦っているネリルにユリが目を細める。
「……ラーニャ先輩のことで、何か気になることでもあるんですか? あ、急いで出ていったこと以外で」
「うん。最近、ラーニャちゃん元気無くて、話しかけても上の空で……最近ちょっと忙しくてちゃんと話せてなかったんだけど、今日は時間が作れそうだったから少しでも話をって思ってたんだ」
「ふむふむ。じゃ手伝いますね」
「……え、いいの?」
「いいのも何も、手伝ってほしいから私がテーチャ先輩を手伝うって言うのを見届けてから声を掛けたんでしょう?」
「……ご、ごめんね」
「気にしてませんよ。それより、走ってった方向とかヒントになりそうな情報を共有してください。じゃないと手伝いようがないですよ」
ユリがそう言って笑うと、ネリルが頷いた。
そして、いくらかの情報を共有してすぐにラーニャを探すために走り去ってしまう。
そして、さてユリがラーニャを探すかと意気込んだ時、脳内に声が響いた。
『後ろ向いて、廊下の突き当たり。そこから更に左に曲がって』
『えっちょっ待っ……ら、ラーニャ先輩の居場所ですか?』
『うん。今ちょっと他のことやってるから直接行くのは無理だけど、学園の構造とラーニャの気配くらいは把握できるからね』
『……私の仕事を残しておいてくれても、いいんですよ……?』
『無駄な手間を掛ける必要は無いよ。疲れるだけ』
『……それはそうかもしれないですけど……そうじゃなくてぇ……』
『じゃあ、何……? 楽したくないの……?』
『……もういいです。楽をさせてあげようって気持ちは嬉しいですし。えっと……こっち? ですか?』
『うん、逆だね』
『……最近、ちょっとだけ道に迷わないようになってきたんですが。おかしいですね……』
ユリがそんなことを言いつつヴェルディーゼの指示に従って動き、一つの空き教室に辿り着いた。
そっと中を覗き込めば、そこにはラーニャとアレクシスが向かい合って話をしている。
ラーニャはとても切実そうで、アレクシスは困ったような、悩ましそうな顔をしていた。
息を潜め、気配を殺し、ユリが耳を澄ませる。
「お願い……お願いだから。危険な場所になんて、行かないで……」
「……気持ちは嬉しいよ。だけど……」
「失いたくないの! 危ない場所に行って……ただの怪我じゃ済まなかったらどうするの? 後遺症が残ったり……っ死んじゃったり、したら……」
「ラーニャ……」
「無理なことを言ってるって、わかってる。今度こそ……今度こそ、止められないって……わかってる。わかってるけど……っ、嫌だよ……! 怖いの……お願い、行かないで……行かない、でぇ……っ」
「……」
これか、とユリは思う。
引き止めた理由に関しては、予想は外れていなかった。
しかし、並大抵の理由では、攻略対象者たちが全員弱いだなんて状況になるはずがない。
行われるはずだった攻略対象者たちの強化イベントが、ほとんどスルーされてしまった原因。
それは、ラーニャの尋常でないほどの恐怖だった。
カタカタと震える身体、止めどなく涙を溢れさせる瞳。
青褪めたその顔に、強張る表情、噛んで切れてしまった唇。
ただの心配というには、異常な姿である。
こうなるから、全員、どこにも行けなかったのだ。
事態が徐々に切迫してきている、今この時まで。
「行かない、で……っ。いや……いやぁ……」
「ラーニャ、すまない。だが……どうか聞き入れてくれ。やらないわけには行かないんだ」
ユリが目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
少量の魔力を放出し、ヴェルディーゼに合図を送って念話を繋いでもらい、報告をしようとする。
『主様。報告を――』
「誰だ!」
『……っ!?』
『ッ……ユリ、焦らず誤魔化して。大丈夫だから』
『あ、あるじさ……ど、どうし、よう……っ』
『大丈夫。大丈夫だから。落ち着けば大丈夫』
パニックになるユリを宥め、ヴェルディーゼが冷静に指示を飛ばした。




