色と決定的な違い
結局、ルシオンを昏睡させないためという立派な理由があるため、簡単に抑えられる程度の騒ぎではどうこう言えるはずもなく、ユリが仕返しもできずに不満そうに唇を尖らせていた。
可愛いからと特に責める気もないのに怒られたりしたので、些細な仕返しくらいは許されるはずなのに、と。
「……あ、そうだ。主様に新しい服を着ている姿とか、可愛いと思いそうなものを見せないようにすれば……」
「は?」
「あぅっ、なんでもないですぅ……」
「……は?」
「なんでもないって言ってるじゃないですか! やらないので落ち着いてくださいよぉ、もう! と、とにかくっ……明日は休日ですけど、ちょこっと予定があるので。今日は早めに寝ますからね! 止めないでくださいね!」
「……」
ヴェルディーゼが不機嫌そうな顔でじっとユリを見つめ、息を吐いた。
余程ユリが口にした仕返しが嫌だったらしく、きつくその身体を抱き締めて躊躇無くクローゼットに手を伸ばす。
そこにはユリの可愛らしい私服やパジャマがしまわれており、ヴェルディーゼが目を細めた。
多くの服に、赤色や黒色が含まれている。
元からその色が入っているものもあれば、後から刺繍で付け足したと見られるものもあった。
「……ふふふ……」
「な、何勝手にクローゼットなんか開けてくれちゃってるんですか!? ちょっとぉ! というか何のために!?」
「僕の機嫌のために。いやぁ、本当に可愛いね……」
「は……っ、主様の馬鹿ぁ! 見たんですね! 見たんですねぇ!?」
「別にこうして見るまでもなく気付いてるけどね、黒も赤もない服にはどっちかの色で刺繍足してるの。刺繍したのもしてないのも、どっちもデートで着てるし」
ユリが顔を真っ赤にして言葉にならない悲鳴を上げた。
赤と黒。
それぞれ、ヴェルディーゼの瞳と髪の色である。
それらの色を身に着けさせたがるのはヴェルディーゼの方だったはずだが、今ではユリも積極的にそうしているらしい。
「なんでぇ。目立たないように刺繍してるのに……」
「そう? いつも、刺繍したのを着てる時は刺繍の上達が楽しみだったんだけど」
「……待ってください。いつから気付いてたんですか!?」
「学園に入学してからの計算で……デート三回目くらいの時かな。絶対どっちかの色は入ってるなって思って」
「……なっ……ぁ……ああ……!?」
「あー……羞恥が爆発しそうになってる。えーと……あ、そうだ。伝えないといけないこと、まだあった。凄く大事な話。だから落ち着いて」
「あわわ……はわ……わぁ……」
「気絶しないで。落ち着け」
くらりとユリが頭を揺らすと、ヴェルディーゼが溜息混じりにそう命じてその背中を支えた。
眷属契約による命令なので強い強制力があり、ユリの感情がスゥッと凪いでいく。
それに居心地悪そうに身体を揺らしつつ、ユリがヴェルディーゼを見上げた。
「……まだ話があるんですか……?」
「うん。もう秋だし、例の昏睡が起こる可能性があるイベントの時期だからね。一応、発生条件は満たしてないけど……現実だから、本当に起きないかどうかは微妙だよ」
「ルシオン様を避難させたのに、結局ですか!?」
「ここはゲームじゃなくて現実だからね。敵を潰したりとかやれることはやってるけど、正直……起きない保証は無いし、起きると思ってる。学園はこの世界における学問の最先端だし、最先端ではないにしろそれ以外もかなりのもの。その上で聖女や将来的に厄介になりそうな戦士の種とか、そういうのも無数に集まってる。潰すメリットが大きすぎるんだよ。それなりの被害は出てもいいから潰そうってなってもおかしくないくらいには」
「は、はえぇ……えっと、つまり……? ついに学園で戦闘が……?」
「それに、ゲームとは決定的に違う、敵にとって有利なことが一つある」
ぼやーっとしながら呟かれたユリの言葉を完全に無視し、ヴェルディーゼが言った。
そして、苦虫を噛み潰したような顔で遠く見る。
秋になる前にどうにかしておきたかったのだが、どうにもできなかったことだ。
それは――
「ラーニャのせいで、攻略対象者たちが弱い。元から戦闘じゃ役に立たないルシオンはともかく、他は育成をちゃんとすれば強くなる。のに……ラーニャが成長の機会を尽く奪ったせいで……いや、この言い方は良くないね。本人に悪気はないし、何も知らないし……ユリの先輩なんだから」
「あっ……その、いえ。……私も、すみません。ラーニャ先輩と関わりがあるのに、それに関しては何も聞けなくて」
「関わりがあっても、機会が無かったんじゃ仕方ないよ。それに……もしそれが聞けていても、大した情報は得られなかっただろうから。気にしないで」
「……はい。いや、でも……」
「まぁ、何か話してたら盗み聞きか何かしてほしいけどね。罪悪感はあるかもしれないけど……はぁ。とにかく……原作通りなら戦場は校庭。しばらく、校庭には近付かないで」
憂いを帯びた瞳で外を眺めがら言うヴェルディーゼにこくりと頷き、ユリが俯いた。
これまでのことを思い返し、何もできていない、ヴェルディーゼの役に立てていない現実に、ひどく打ちひしがれながら。




