王子と救世主
それから、授業も終わり、ユリは廊下を歩いていた。
最後の授業が終わったので、これからメルールとリューフィスと合流し、一緒に寮に向かうのである。
「……例のイベントの時期が近くなってきましたけど。本当に大丈夫なのかなぁ……うぅ、心配。何事も無ければいいんですけど……」
「……あれ? ユリちゃん?」
「あ、ネリル先輩! お疲れ様です! あれ、隣の人は……あぅっ!?」
「うん、お疲れ様。……えっと……この方は、王子殿下だね」
「えっやっ、はっ……ほ、ほほ、本日はお日柄もよくぅ……!? じゃ、じゃなくてっ、えっと」
「ふふ、そう畏まらなくていいよ。ここは学園だ。なら、僕達の間にあるのは先輩後輩という関係のみ。そうだろう?」
「ぇ、……あ、ぅ……お、おねえさ、……せ、せんぱいぃ……」
ユリがどうしていいかわからず、幼子のような声でネリルに助けを求めた。
どうしていいのかわからず、涙目になっている。
「……アレクシス殿下。彼女は、ユリ・ガーデラ。私の後輩です」
「ああ、存じているよ。ルシオンから聞いたよ、なんでも試験で凄まじい好成績を残したんだとか。それに、彼曰く……特に、とても努力していたというわけでもなさそうだったとか?」
「!?」
「え……っ、こほん。ユリちゃん、こちらは、アレクシス・テリウス殿下だよ。先の発言の通り、殿下は先輩後輩としての関係を望まれているから……うん、まぁ……可能な限りは叶えてあげてくれると嬉しいかな。でも、無理はしなくていいよ。ね、アレク」
「ああ、もちろん。それで負担を掛けるのは本望ではないからね」
仲の良さそうな二人にユリが目を白黒させつつ、どうしようかと頭を回転させる。
どうして別に頑張ってもないのに好成績を収めていたことをルシオンが知っているのかとか、何話してくれているんだとか、思考を脇道に逸らしながらもユリが何とか思考を纏めていく。
時間を掛けてユリが今自分はどうするべきか結論を出し、アレクシスと向き直った。
「んんっ……先程は失礼を。少々取り乱しました。ネリル様よりご紹介に与りました、ユリ・ガーデラと申します。お会いできて光栄です、王子殿下」
「おや、丁寧にありがとう。だけど、自分の立場を考えず普通にネリルに付いてきてしまった僕も僕だからね。あまり気にしないでほしい。混乱しているのに、王子である僕に親しげに声を掛けられても困るだけだろうに……そこも、反省すべき点だ。うむ」
「うむ、じゃないよ。いや、反省するのはいいことなんだけど。そもそも、私がアレクのことを忘れて声を掛けちゃったから……」
「い、いえ。私も、ネリル先輩のことを見かけたら何も気にせずに声掛けちゃってたと思うので。ネリル先輩は悪くなんてないですよ」
「も〜、ユリちゃんは優しいなぁ。ふふ、よしよし」
ネリルに頭を撫でられ、ユリが心地良さそうに目を細めた。
出会う度にやっている行動だが、アレクシスは初めてだったようで少し驚いた顔をしている。
しかしすぐにその表情を優しいものへと変えると、ネリルを向けて言った。
「なるほど、とても仲の良い後輩がいるとは聞いていたけど……ここまでだとは思わなかったな。いつもそんなことをしているのかい?」
「頭を撫でるくらい……いや、王子様には馴染みはないかな? 頭を撫でられるのなんて、随分昔にされたっきりだよね、きっと。でも、ごく普通のコミュニケーションだよ。ね〜、ユリちゃん。にしても、あの試験の結果はびっくりだったなぁ。すごく頑張ったんだと思ってたんだけど……」
「うっ、そろそろその話には飽き飽きしてきたんですが……ま、まぁ、びっくりされるのも仕方ないですよね。そんなに真面目なタイプじゃないですし……」
「うん、私と同じタイプだと思ってたからびっくりしたの」
「……今更な話だけど、仮にも公爵令嬢である君がそんなんでいいのかい……?」
アレクシスが言うと、ネリルが肩を竦めた。
そして、ユリの毛先を弄りながら言う。
「そんなこと言っても、アレクはもちろん私だって、家の英才教育で充分。一部の最先端技術や知識を除けば大体事足りてるよ。私たちが学園に入学するのは、大体他の家との縁作りのためなんだから。もう一度勉強したことだし、簡単な復習で充分試験くらい突破できるよ」
「それは……」
「ユリちゃんも結構な家の出だし、当たり前といえば当たり前なんだけど……本人の性格を鑑みると、やっぱり意外だね。そんなに頑張らずにあの点数って本当?」
「…………ほ、本当、ですけど……その、そんなに褒められたことでは……いや、カンニングとかはしてないですけど……単に、ネリル先輩と同じ理由です。必要無いから、必要最低限の勉強をしただけだった。それであの点数を取れてしまった、って、それだけです」
「ふーん。……なるほど、ルシオンがスカウトをって騒がしくなるわけだね」
「えっ私今何か目を付けられるようなことしました……?」
ユリがマジトーンで呟くと、ネリルが苦笑いした。
怖がっているユリの頭を撫でて宥めつつ、どう説明しようかとネリルが考えているとユリの視線がふと廊下の奥を向いた。
そして、その瞳がぱあっと輝く。
「メルちゃん! 私の救世主〜〜!!」
「へぇっ、な、何!?」
「メルちゃん大好き女神ぃ! ん〜〜っ♡」
ユリが歩いてきたメルールに飛び付き、その肩に頬擦りをした。
時間が経って慣れてきたように見えていたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。
「……あっ、ネリル先輩。あの、その……」
「あ、あれっ……王子殿下!? なんでこんなところに!?」
「少し用事があってね。久しぶり、メル。……けど……そろそろ退散しようか。授業も終わって人が増えてきた」
「そうだね、アレク。じゃあ……また今度話そうね! ユリちゃんも、メルちゃんも!」
メルールが戸惑いながら、ユリは緊張気味に手を振り、二人を見送った。




