回避の方法
その後、ユリを宥めながらヴェルディーゼがした説明を要約すると。
誰が昏睡するかはルートによって決まり、ルシオンが昏睡するのは王子ルートのみ。
イベントが発生するのは秋頃で、原作ではイベントそのものを発生させないことも可能。
発生してしまえば防ぐことは容易ではないが、イベントそのものを防ぐのであればそう難しくはない。
そして、最終的に昏睡した人はどんなルートを辿っても、ストーリーが進めば何の問題もなく目覚める。
そんなことを長々と説明され、ユリがあくびを噛み殺しながら首を傾げた。
「それで……この世界では何ルートなんですか?」
「ちっ」
「舌打ちされた!?」
「あの説明だけで誤魔化されてくれたら凄く楽だったから。集中力を削いで思考能力を低下させるために、わざわざ長ったらしく説明したのに……」
「わざわざ!? どれだけ追及されたくなかったんですか!?」
「うーん。それでユリが誤魔化されてくれるなら、聖女にユリを一日預けてもいいと思うくらい? ……一日は長いな。半日」
「お……おぉ? いまいちわかりづらいですね……? というか、なんでそんなに嫌なんです……?」
ユリの疑問に、ヴェルディーゼが無言で笑った。
その光のない瞳に、ユリがひゅっと息を呑む。
「それに巻き込まれて、ユリが昏睡でもしたらどうするの? ユリはちゃんと起きてくれる? この世界に属していないユリは、ストーリー通りの手順を踏んでちゃんと起きてくれるのかな? 強制的な昏睡に神の力が混ざって、目覚めてくれなかったら。後遺症が残ったら……」
「わ、わかっ、もうわかりましたから! ちょっ、痛いです痛いです! 強く抱き締めすぎです! そんなに不安なら抱き締め返しますから、とりあえず離してぇっ」
「………………」
「骨が折れるぅ〜〜!」
ユリが叫びながら必死になってヴェルディーゼを引き剥がすと、数秒ほどの沈黙の後にヴェルディーゼがハッとして身体を離した。
正気を失っていたかのような仕草にユリが頬を引き攣らせつつ、ヴェルディーゼを抱き締め返す。
とりあえず、ヴェルディーゼは自分が昏倒してしまうことをとても恐れているらしいということが判明したので、ユリがぽんぽんとその背中を叩いて落ち着かせる。
「そういうイベントがあるから、主様は……原作に関わる人たちと私が会うのを嫌がるんですね?」
「〝あれ〟……ルシオンと会ったって聞いて、僕が妙な反応をしたのは、それだけじゃないよ」
「会ったって聞いて、って割には主様、謎のレーダーで私がメルちゃんのお兄様と会ったことを事前に察知してたような気がするんですけど……」
「違うよ、男と話した気配がしただけ」
「……あれ? なんかナチュラルに怖いこと言われてるような……」
「気のせい気のせい。それで、ルシオンのことだけど……彼、攻略対象者だから。まぁなんというか……人気のある見た目や性格はしてる。……ユリが惹かれないか、心配になって」
「私が攻略するのは主様だけですし、攻略されるのも主様にだけなので大丈夫ですよ。それで、その……昏睡イベントを回避する方法っていうのは、なんなんですか? 学園でできることなら、私、なんだってしますよ!」
胸を張ってユリが言うと、ヴェルディーゼが少し微妙な顔をした。
その反応にユリが首を傾げていると、ヴェルディーゼが言う。
「ユリにできることは……申し訳ないけど、何もないかな」
「え。で、でも、原作は学園が舞台なんですよね? な、なら、生徒である私なら、ほんの少しくらい、何か……」
「そもそものイベントの発生条件だけど。校庭に王子とルシオン、そして聖女が揃っていること。更には好感度が関わってくるけど……現実じゃ関係ないからそこは割愛して。まぁとりあえず、秋の特定の襲撃タイミングで三人が揃ったら発生する」
「王子様のルートだとメルちゃんのお兄様……ルシオン様が昏倒するってことは、その二人は仲が良いはずですよね。なら……一緒に行動していてもおかしくはないですよね? どうやって回避するんですか?」
「物理的に引き剥がす」
ヴェルディーゼの答えにユリがきょとんとした表情を見せた。
そして、少ししてからヴェルディーゼを見上げ、その表情を確認する。
冗談でもなんでもなく、ヴェルディーゼは真剣な顔で言っていた。
「……物理的にって。それ、どうやるんですか?」
「僕は忙しくする予定だから、声を掛けて時間稼ぎを……とかは、無理だし。そもそも尋常じゃない騒ぎが起こるから、教師や生徒なんて無視して騒ぎに向かおうとするはず。だから、それに並ぶくらいの騒ぎをルシオンの近くで起こすよ」
「なるほど〜! とは、言えないですよ? ただでさえ大変そうなのに、追加で騒ぎ起こすんですか?」
「大丈夫大丈夫。創世神に聞いたら、原作の方も他のイベントを起こしてそのイベントを回避するとかあるらしいから」
「無関係とまでは言いませんけど、あんまり関係なくないですか? これ、現実でしょう?」
「原作キャラクターが存在するこの時間においては、完全に原作を元に時間が進むからね。その辺り複雑だし、不具合も起きかねないんだよ。まぁ、結局創世神が先に対処してたから杞憂だったんだけど」
「……はぇー」
何も考えていなさそうな顔でユリが言うと、ヴェルディーゼが微笑んだ。
そして、ユリの頭を撫でながら言う。
「まぁ、つまり。適当に騒ぎ起こしておくから、近付かなければ大丈夫だよ」
「気になるんですが……まぁ、はい。わかりました……」
「ふふ、いい子。ところでルシオンの件で不安になったからもう少し抱き締めてていい?」
「……どうぞ」
ユリが息を吐き、ヴェルディーゼにされるがままになった。




