メルールとルシオン
トンッ、と軽い衝撃が背中に入り、ユリがくるりと振り向いた。
入学から既に数ヶ月ほど経っており、学園にもかなり馴染んだ頃のことである。
「……ラーニャ先輩と、メルちゃんと……後ろの方は? というか、見たことのない組み合わせですね……?」
「うん! ユリちゃん、紹介するね。メルールちゃんのお兄様だよ!」
「おに……え、お兄様!? メルちゃんの!?」
メルール・ルエドリス。
ユリの友人の一人だが、家が純血主義であるためにユリと関わることを制限されていた少女である。
とはいえ普通に仲も良く、時々ではあれど一緒に出かけることもあるような間柄ではあるのだが。
しかし、家のことがあるからかメルールはあまり家族のことを話さないため、兄のことはユリも初耳だった。
目を丸くしながらユリはメルールの兄だというラーニャの後ろに立っている男性を見上げる。
見目の整った、確かにメルールに似た男性である。
細身で、とても知的な雰囲気を放っている。
ちなみにメルールはどちらかと言えば快活な雰囲気なので、顔立ちの方は似ていても雰囲気は真逆だ。
だからこそ、ユリも最初からそうとは察することができなかったわけだが。
「え、ええと……はじめまして。メルちゃ……メルールさんのお友達をさせていただいています、ユリ・ガーデラと申します」
「ルシオン・ルエドリスと申します。妹が世話になっていると聞いたものですから、少しご挨拶をと思い、声を掛けさせていただきました。……それから……家の方も、少々……迷惑をかけているようで」
「あ……えっと、そのぉ……それは……」
「大丈夫だよ、ユリ。兄様は全部知ってるから」
「……メルちゃん」
ユリが不安そうにしながらメルールを見た。
そのままちょこちょことメルールの傍に寄り、その手を掬い上げる。
騒ぎになるほどではないにしろ、ユリは何度かメルールの家から警告されていた。
即ち、メルールに近づくな、と。
それを聞いたヴェルディーゼも不機嫌そうにするだけで何も手出しはしなかった程度のもので、問題になるほどではないが、しかし迷惑なものは迷惑である。
それがわかっていたから、これまでメルールは再三ユリに手紙で謝ったりしていたのだ。
「これまでは……私がユリを庇うような真似をすると、家が更に過激な方に動くかもしれないから……謝るだけで何もできなかったんだ」
「それは……はい、聞いていたので、知っています。メルちゃん、口頭でも手紙でも、何度も謝って……こっちが申し訳なくなるくらい」
「それくらいしか、できなかったから。それでね……自由活動で最近仲良くなった先輩が、兄様と関わりがあるって言うでしょ? 兄様、他の家族にも頼りにされてるし、仕事もできるから……ユリに警告をしたりするの、やめさせてもらったんだ。……だから、これからはいっぱい遊べるよ! たくさん話せるんだよ! すごいでしょ!!」
「わああああっ耳元で叫ばないでぇ! ……え!? これからは何も気にせずに話せるんですか!? 全力でメルちゃんのお家の人から隠れながらお出かけしなくてもいいんですか!?」
「そうだよ! そうなんだよ!!」
「えぇ!?」
時間差でユリが驚き、叫んだ。
そしてしばらく呆然とした後ににっこりと微笑むと、ぎゅぅっとメルールを抱き締める。
とても嬉しそうな表情に、メルールも同じようにユリを抱き締めた。
それを眺めながら、ちらりとラーニャがルシオンへと視線を送る。
「……ね。手伝ってよかったでしょ?」
「ああ。メルールは優秀だから、私が手を出すまでもないと思っていたが……」
「ルシオンがもっと優秀だから、メルールちゃん、自信が持てなくて行動できなかったんだって。上手くやれなかったらユリちゃんに危害が及ぶかも、って。……ルシオンも、困ってたことには気付いて気にかけてたでしょ? なんでこれまで手を出さなかったの?」
「それは、そうなんだが……。……家がああだから、メルールは何かと先入観や家の価値観に縛られがちだったんだ。本人は反抗するんだが、父上や母上は無理矢理にメルールにそれらを守らせていた。そんなだから、私は妹を守ってやらねばと、何かと過保護に接してしまっていたんだが……メルールはもう、学園に入学できる年齢になったんだ。過保護な兄が、そう簡単に手を出すべきではないと思ってな……躊躇っている内に、こうだ。後でメルールともその辺り、話し合わないといけないな」
そう言ってルシオンが息を吐いた。
今回、介入することを躊躇ったせいでメルールが窮屈で寂しい生活をすることになったのは事実であり、ルシオンはそれをとても反省しているらしい。
いつの間にかユリとも離れてそれを見ていたメルールは、そっとルシオンに駆け寄って笑う。
「……兄様」
「あ、ああ……どうした、メル。まだ何か困ったことがあるのか? それなら兄様が解決しよう、言ってみるといい」
「ううん、そうじゃないよ。……その、ありがとう。すっごく助かったよ!」
「……そうか。それなら、困った時はいつでも頼るといい。兄様は、妹の頼みを可能な限りは断らないからな。相談でも、頼み事でも、なんだって言うといい」
「う……そんなに言われたら、兄様から離れられなくなっちゃうよ。頼りになりすぎるのも本当に考えものだよね! もう! ……兄様は、ユリと関わるのを止めたりしないよね……? ユリ、私達の家にダメって言われても私が寂しそうだからって離れたりしないし、隠れながらのお出かけにも付き合ってくれる優しい子なんだよ?」
メルールが上目遣いでルシオンを見ながら言うと、ルシオンは力強く頷いた。
そして、少しだけ心配そうに二人を見つめていたユリへと視線を移すと、真面目な表情で口を開く。
「メルールをどうかよろしくお願いします」
「任せてください。メルちゃんの学園のお友達第二号として、見守りながら助け合いながら、仲良くしますので!」
「え〜……ユリが第一号でもいいんだよ?」
「リューちゃんに申し訳ないのでダメです。えと……ラーニャ先輩が手を回してくれたんですよね? ありがとうございました。今度何かお礼しますね」
「ふふ、期待してるね。それじゃあユリちゃん、メルールちゃん、また今度! ほら、ルシオンも、行こ!」
「ああ。……では、失礼しました。また何かあれば声を掛けさせていただきますね」
ルシオンとラーニャが去っていくのを見届け、ユリとメルールがにっこりと微笑みあった。




