迷子のお知らせと聖女
それから、自由活動も終わり、ユリは寮のベッドの上で小さくなり、顔を覆っていた。
耳まで真っ赤になっており、熟れた林檎のような頬が手の隙間から窺える。
「ただいま……って、ユリ……?」
「……迷子のお知らせです……学園の制服を着た、十七歳の女の子が、寮でお待ちです……心当たりのある方は、寮までお越しください……ぐすん」
「……お、おぉ……? 壊れた……?」
ぶつぶつと何故か一人で迷子のお知らせをしているユリにヴェルディーゼが本気で理解できないという顔を向けた。
真っ赤な顔をしたユリがそっと顔を覆っていた手を外し、潤んだ瞳でヴェルディーゼを見上げる。
ヴェルディーゼが全力で視線を逸らした。
とても不健全な思考が一瞬で脳を埋め尽くしたので。
「……主様ぁ」
「うん……どうしたの?」
「ほ、方向音痴がバレてぇ……ネリル先輩にぃ……ぐすっ」
「うん? もう少し説明してくれないとわからないよ。残念ながら、今日はあんまりユリのこと見ててあげられなかったからね」
「……ネリル先輩に、今日、ずっと手を繋がれてたんです……」
「……ん? 普段のユリなら喜びそうだけど。その先輩のこと、ユリは好きなんでしょ?」
「小さい子が勝手に歩き回らないようにするみたいに……迷子にならないようにするみたいにっ……手を、繋がれてたんですぅぅ……!」
「……ああ。それで恥ずかしかったんだね」
わぁあああんっ、とユリが再び顔を手で覆った。
とても恥ずかしかったらしく、ばったんばったんと手足を振り回してベッドの上を転げ回る。
はしたない上にどこかにぶつかるととても痛そうなので、ヴェルディーゼが片手でユリを押さえてそれを止めつつ息を吐いた。
「あんまり騒がないで。遮音の結界を使えないわけではないけど、見破られる可能性も無いわけじゃない。密談とか、人に聞かれたくない話をする以外では使いたくない」
「ぁい。静かに転がります……。……お姉様……」
ぽっ、と頬を染めてユリが呟くので、ヴェルディーゼが固まった。
ユリを押さえる手に力が込められ、その顔から表情が抜け落ちる。
ミシッ、とユリの身体から嫌な音が鳴った。
「ちょっ、やっ、お、折れるぅ!? 肋骨が折れるうぅうう!? 痛っ、主様っ、ちょっ痛っいだいいだいいだいぃ!」
「……あ? ……あ、ごめん」
「あっ騒音! ごめんなさい!」
「……あー……大丈夫、無意識に結界張ってたみたい」
「そっ……ソウデスカ……ソレハヨカッタデス……」
ユリが肋骨を押さえながら片言で言った。
ヒビが入っていそうなくらいに痛いので、それどころではないのである。
ヴェルディーゼが再びユリの肋骨辺りに触れ、治癒を施す。
一気に痛みが引いていき、ユリの顔色が良くなった。
「……はふぅ。もう、びっくりしましたよ。まぁ、お陰で羞恥は吹き飛びましたけど」
「ふぅん、良かったね。……お姉様って?」
「あ、いやぁ、その……ネリル先輩が、お姉様と呼びたくなるくらいキラキラしていたので……つい……」
「……特別な感情は無い、と」
「お姉様美しー! 麗しー! とかは思いました、はい。……でも、お姉様というより聖女って言った方がいい気がしてきた……」
「まぁ聖女だからね、彼女」
「はい?」
ユリがきょとんとした表情のまま固まった。
数秒経ってからヴェルディーゼの言葉を飲み込むと、ユリは頬を引き攣らせながら尋ねる。
「え、じゃあなんですか……つまり、私は数ある自由活動の中でピンポイントで聖女が所属しているものを選んで、ピンポイントで聖女と仲良くなったと?」
「そうなるね。僕も特にユリに何か仕込んだりはしてないよ。正直驚いてる」
「……で、で、でも、ネリル先輩からも、風の噂でも……ネリル先輩が聖女なんて話、聞いたことないですよ?」
「まだ覚醒してないからね。判明はしてるから、王族とかは知ってるだろうけど」
「つまり、更に神々しくて尊いネリル先輩を見れる……ってコト!?」
「神々しいかも尊いかも僕は知らないしどうでもいいけど。まぁ、勝手に期待しておけばいいんじゃない」
「あ、主様が冷たい……」
そっけなく言うヴェルディーゼにユリが悲しそうに目を伏せた。
そんなユリをヴェルディーゼが撫でつつ、笑顔で言う。
「僕は気に食わないよ。ユリが友達を超えるほどの感情を抱く存在なんて」
「あ、だから冷たいんですね。……ネリル先輩を推してるだけで、一番は主様なんですけど」
「嬉しいけどそれはそれとしてすごく気に食わない。ちっ」
「し、舌打ち!? だ、大丈夫ですよね、嫌いだからってネリル先輩にあからさまな態度取ったり酷いことしたり言ったりしないですよね!?」
「別に本人にそんなことはしないけど、ユリには嫌だって言うよ。過剰に言うつもりはないけど、今回は初回だから大目に見て。あと僕の前であの子を全力で褒め称えたりはしないで。見てないところでならいいから。魔法で覗いてる時もその話してたら音だけ遮断するから。自衛はするから僕の前ではやめて!」
ユリがキラキラの目でネリルのことを褒めて、尊いと言う様はどうしても見たくないらしく、とても切実な表情でヴェルディーゼが叫んだ。




