先輩とお姉様
それから数日後。
ユリは植物栽培の自由活動に正式に入り、放課後に楽しそうに花を植えていた。
「ふんふんふーん……あ、芽が出てる。早い……」
「ユリちゃん。調子はどうかな?」
「あ、ネリル先輩。えへへ、見てください! もう可愛い芽が出てますよ!」
「んん〜? あ、本当だ! ふふ、ユリちゃん、一生懸命お世話してたからね。このまましっかりお世話を続けたら、きっと立派な花が咲くよ!」
「でしょう! ふふん……って、ネリル先輩の方、また新しい蕾が……ほわぁ、立派なお花……」
「そうだね……そろそろ、花壇からはみ出しそう。……そうなる前に、花束にしちゃおうかな。種をいくつか残して……うん、行けそう」
「花束! 素敵ですね、誰に渡すんです?」
ぱんっ、と手を合わせながらユリが尋ねると、目の前の一つ上の先輩、ネリルが考え込むように目を伏せた。
ネリルはそのままユリの方へと視線を移すと、少しからかうような表情で言う。
「私を慕ってくれてる後輩に……なんて、どうかな。少し遅いかもしれないけど、新入生の歓迎も込めてね」
「あ……新入生でこの自由活動に入ったの、私一人だけなんですっけ」
「うん。まぁ、そこまで人気な活動じゃないしね。でも、だからこそ、折角新入生が入ってきてくれたんだから! 花束の一つや二つ、贈るべきだと思わない? 確か、寮にも花瓶が置けそうなところはあったよね」
「はいっ。飾っちゃいますか、花束!」
「飾っちゃおう、花束!」
いえーいっ、とユリとネリルがテンション高めにハイタッチをした。
そのまま、ぴょんぴょこくるくると謎に息の合った適当な踊りを披露する。
何故か美しく目を奪われるような踊りだ。
ぴょんぴょこくるくるしているのに。
「こらぁっ! 踊るんじゃないっ、周りの邪魔になるだろうが!」
「あ、テっちゃんパイセン。ごめんなさぁい」
「テっちゃん言うな! パイセンもダメだ! テーチャだ!!」
テーチャ。
植物栽培の自由活動のリーダーで、騒ぐユリとネリルをいつも落ち着かせようとしている苦労人である。
力持ちで気配りもできる男性で、二人が関わらなければとても頼りになる人なのだが、今のところ二人を制御できたためしはない。
「全く。ネリルは昔は普通だったのに、こうもユリに影響されるとは……」
「こほんっ。……あらあら、ユリちゃんに失礼ですよ? ただ表に出していなかっただけで、わたくしは元からこうなのです。ふふ、わたくしはユリちゃんに感謝をしなければなりませんね。やはり、とびきり綺麗な花束を贈りませんと」
「ひゃぁ〜! ネリル先輩清純ー! 綺麗ー!! むしろネリル先輩をください!!」
「あら、ふふふ。ダメですよ、ユリちゃん。……大声で叫んでは」
「ツッコむべきはそこじゃないだろう!?」
叫ぶテーチャを尻目に、ネリルは傍らに佇むユリの頭をなでなで。
ユリはふんにゃり幸せそうに笑う。
ひくひくとテーチャが頬を引き攣らせ、しかし何も言えずに頭を抱えた。
憐れである。
他のメンバーの労うような視線が痛い。
そんな視線を向けるくらいなら代わってくれ、とテーチャが内心で呟き、低い声を漏らした。
「いっそ辞めるか」
「!? あ、わわっ、ちょっ、て、テーチャせんぱい! あの、あのですねっ、私はテーチャ先輩が好きだからからかったのであって! いえその、はい、言い訳はダメですね! やりすぎちゃったのならごめんなさい! お高いカフェでも課題を代わるでもなんだってしますからぁっ。辞めないでぇ!」
「好意を寄せているご令嬢がいるのでしょう? よろしければ、その方にテーチャさんをわたくしの家の名を使って正式にご紹介させていただきます。どうでしょう? ですので辞めないでくださいお願いしますっ、家柄のせいでリーダーにされる可能性があるのです! リーダーだけは嫌なんです! なんだったら家の権力を使って婚約させることも可能ですよ!」
「妙な方向へ走るのをやめろ! 辞めないから悪いことはするな! 全く、私が卒業しても大丈夫なのか? 私が卒業して一年も持たずに解散とか……無いよな?」
心底不安そうにテーチャがネリルを見た。
ネリルはふいっと視線を逸らして、隣に立っていたユリの頭をもう一度撫でる。
ほわほわ〜っとユリの表情が緩んでいくのと一緒に、それに和んで周囲の空気もほわほわ〜っと緩んでいった。
お返しにと、ユリが緩んだ笑顔のままつま先立ちになってネリルの頭を撫でる。
年不相応なほどの慈愛に満ちた表情でネリルが微笑み、感謝の言葉を告げる。
「……お姉様……」
「ん、んんっ? ユリちゃん? 今、なんて言ったの……かな?」
「ふへ……お姉様……」
「ユリちゃん!? お願い、正気に戻って!」
「……ハッッ!? な、なんでもないです! なんでもないです! はい!」
ユリがハッと正気に戻り、ネリルから離れた。
そして、あわあわとどうすればいいのかわからないという顔で手を彷徨わせると、慌てて地面に視線を向ける。
そこにはまだ顔を出したばかりの小さな芽があって、ユリの感情が少し落ち着いた。
「……っわ、私! 水やりしますね!」
ユリはそう叫ぶと、水を汲みにぱたぱたと遠くへと走っていった。
「ま、待ってー! ユリちゃん、そっちじゃない! そっちじゃないからぁ!」
そして、ネリルもまた、真逆の方向へと走り去っていくユリを追いかけるために走ってその場を離れるのだった。




