純血主義と一覧の紙
ヴェルディーゼの出自の秘密を推測しまくっていたユリとリューフィスは、しばらくしてそれにも飽き、話題は別のことへと移っていた。
即ち、ここにはいないもう一人の友人のことである。
「にしても、メルールちゃんは……残念でしたね」
「メルちゃん? いないとは思ってましたけど、メルちゃんがどうかしたんですか? 確か、すぐに教室から出ていっちゃったんですよね」
「はい。実は、メルールちゃん……本人はあまり細かいことは気にしないのですけど、お家の方が厳しいらしくて……侍従にちくちくとお小言を言われてしまったらしいのです。だから、教室の外ではあまり話せないかもしれないと、先生のお話中に私に」
「ああー……リューちゃんとメルちゃん、席がお隣同士ですもんね」
だから自分には伝えられなかったのか、とユリが納得を示した。
まぁ、行ってしまう前に一言だけぱっと説明してくれればとも思いはするが、侍従になにか言われているのかもしれないとユリが苦笑いする。
本物の貴族ではないだけあって、ユリはリューフィスよりも貴族らしさが無いので。
「……私とはあまり話すな、なんてことも言われていてもおかしくないですね。私全然貴族らしくないですし、そもそも養子ですし」
「ガーデラ家は昔から存在する由緒ある家系なのですが……メルールちゃんの家は、純血主義というか……その……」
「庶民の血なんか入れたくない! ってタイプですかね?」
「……はい。メルールちゃんは、本当にそんなの気にしていないはずですけど……あまり話せなくなるかもって、悲しそうに言っていましたし」
メルール自身は、ユリのことを嫌っていないし仲良くしないと思っている。
しかしその周辺はそれをよく思わないらしく、メルールは悲しそうにしていたらしい。
リューフィスからそんな話を聞かされたユリは、うーん……と、少し悩むような仕草を見せる。
そして、こてりと首を傾げて笑った。
「リューちゃん、教えてくれてありがとうございます。でも、そんなに気を遣わなくていいんですよ。私は貴族らしくないって、わかっています。庶民の血を入れたくない、庶民には下賤な血が流れている……なんて考えがあるのも知っています。メルちゃんはそんなことを思わないことも、知っていますから。ね?」
「……すみません。却って不快にさせたでしょうか」
「不快だなんて、そんな。私はただ、そんなに心配しないでーって伝えたかっただけですよ。……っと、この先が植物栽培の自由活動の場所ですね……リューちゃんは、どうしますか?」
ユリが立ち止まって尋ねると、リューフィスが困ったように眉尻を下げて微笑んだ。
そして、一歩下がると申し訳なさそうに首を横に振る。
「ごめんなさい。私、土いじりは……」
「だから、そんなに気にしなくて大丈夫ですってば。むしろ、嫌なのにここまでついてきてくれてありがとうございます。こっち側に何か用事でもあったんですか?」
「はい。こっちの方に、気になっている自由活動の教室があって……終わる時間は一緒のはずですよね。終わったら、一緒に寮まで戻りましょう」
「…………はい、そうですね。それじゃあまた後で、リューちゃん」
ユリが笑顔で手を振り、踵を返すリューフィスを見送った。
片手に持った自由活動の一覧の紙を、きゅっと握り締めながら。
◇
その後。
見学を終え、リューフィスとともに寮に帰ってきて、また明日と別れの挨拶をしてから部屋に戻ってきたユリは、ベッドの上で膝を抱えていた。
物憂げな表情で窓から見える夕暮れを眺め、溜息を吐く。
「ただいま」
「……ここ、主様の部屋でもなんでもないですからね?」
「僕は全ての世界の最高管理者であり最高責任者。つまり世界は僕のもので、世界にある全てのものは僕のもの。つまりこの部屋も僕のもの」
「暴論が過ぎるぅ……」
普通に当たり前のように扉から部屋に入ってきたヴェルディーゼを横目で睨みながら、ユリが言った。
ヴェルディーゼはそれに肩を竦めつつ、膝を抱えたままのユリの隣に腰掛ける。
白銀色の髪をそっと撫でれば、ユリは膝を抱えたままぽてりとヴェルディーゼの方に倒れて体重を預けた。
「何かあったんだね」
「……私が気付いたことに、主様が気付いていないとは思えないんですけど。……気付いていたから、あの時も……」
「拗ねてるの? やっぱり何かあったんだね」
「……ああ、もう。じゃあそういうことでいいです……けど。……私、言いませんから」
具体的なことを何一つとして言わず、ユリがヴェルディーゼに〝頼らない〟と告げた。
はっきり言ったわけではなくともはっきりとその意思を感じ取ったヴェルディーゼは、静かな瞳でユリを見つめる。
少しだけユリがたじろいで、しかし強い瞳で見つめ返すと、ヴェルディーゼが溜息を吐いた。
「……わかった。どうにかするでも、現実を認めないでも……なんだっていいよ。ただ、ダメになる前に頼ってね」
「うぎゅぅ、耳と心が痛いぃ」
「……いや、命令しておこうか。限界が来る前に頼れ」
「はぅ……うぐぅ〜。……はぁい」
ユリが沈んだ声で返事をすると、ヴェルディーゼは笑顔でその頭を撫でるのだった。




