選択授業と退学
微妙にやつれた姿で、ユリが教室の椅子に腰掛けていた。
こっそりと息を吐けば、教壇で今日の予定などについて話しているヴェルディーゼと目が合う。
ニコリとヴェルディーゼが微笑むと、ユリ含めた周囲の女子生徒が頬を染めた。
それどころか一部の男子生徒も息を呑んでいる。
とりあえずユリは、複数の女子生徒の心を早くも掴んでしまったヴェルディーゼに拗ねた顔をした。
もちろん、あからさまにその表情を晒すことはないが、それでもヴェルディーゼは些細な差に気付くことだろう。
『……ユリ、なんで拗ねてるの?』
『なんででしょーね、やたらとツヤツヤしてる〝旦那様〟め。チッ、このイケメンが……うー、ううぅ〜』
念話でのユリの言葉に、ヴェルディーゼが意味深な笑みを浮かべた。
そして、チロリと舌舐りを一つ。
さっきとは違う理由で女子生徒が頬を染め、男子生徒はざわついた。
『嫉妬、か。それに……ふふ、その呼び方、気に入ったの?』
『気に入ってねぇです、嫌味です。まぁ、結婚したみたいでドキドキす――や、やっぱりなんでもないです! わー!!』
『……ふふっ。話は変わるけど、ユリ、ちゃんと僕の話聞いてる?』
『はぁ……んと、念話じゃない方の話ですかね。あんま頭に入ってないですけど、大事そうなのはしっかり聞いてます。……って言っても、主様、部活動……サークル活動? については、昨日の内に共有してくれてたじゃないですか。今のところその話しかしてないので、あんまり聞く意味なくて……』
『だろうね、そのために先に共有しておいたんだし』
じゃあなんで聞いたんだ、とユリの目が一瞬だけジトッとした。
しかし、ずっとそんなことをしていると周囲の人達にバレてしまうのですぐに引っ込める。
『ただ、伝え損ねることとかあるだろうから、完全にこっちに集中しちゃうようなことは無いようにね』
『難しいこと要求しますね……やりますけど。やれますけど。どやぁ』
ユリが褒めてほしそうにそう言った。
数秒経ったあと、ユリがハッとして今のは違う、忘れてほしい、と続ける。
〝どやぁ〟は伝えるつもりのなかった言葉らしい。
念話は思念でのやり取りなので、伝えるつもりはなくても強い思念は相手に漏れてしまうことがあるのである。
『……あ、忘れるところだった。選択授業』
『一年生からあるんですね』
『うん。って言っても大したものじゃないけどね。大まかに進路に沿って学ぼうね〜って感じで……これも戦闘関連とかは避けるようによろしく。魔法もダメだよ。深淵魔法しか使えないんだから……』
『はい! わかってます!』
ユリが元気よく返事をした直後、選択授業とサークルの一覧の紙が配られた。
ユリはそれを見ながら、適宜ヴェルディーゼに質問をしていく。
『主様主様、呪術って私使えるんですか?』
『んー……使えなくはない、かなぁ。けど、才能は絶望的だよ? サークルならともかく、授業に行こうとしてるなら……やめた方がいいかも』
『うぐぅ……でもでも、担当のところに主様の名前があります。これを選べば主様の授業も受けられるってことですよね!? やりたいやりたいやりたい!』
『……ダメ。絶対ダメ。刃物も扱うから』
『うぐっ……じゃあ、何が何でもダメですね……』
ユリが大鎌以外の武器を持つと武器が吹き飛んでしまうので、ユリがとても名残惜しそうにそう言った。
しかしすぐに気を取り直すと、選択授業を選んでいく。
『何にしたの? 二つ選べるけど』
『私は淑女になります』
『……ああ、うん。そっか。具体的には……刺繍と、作法を学ぶんだね』
『ぶっちゃけ私と主様って、長くてもいるのは数年じゃないですか。将来とか関係ないですし、やりたいの選びました。……戦闘と魔法系抜くとあんまり残らないっていうのもありますけど。サークルは見学してから決めますね』
『うん。どこでもいいけど、口頭での報告は忘れずに。あと男どもに言い寄られたら特徴を覚えて欠かさず報告するんだよ? いいね? 学園長に言って退学させるからね……』
『そこまでしなくていいです』
ユリがそう言うと、ヴェルディーゼが一瞬だけその瞳から光を消した。
結界により他の生徒には見えていなかったらしいが、ユリはぷるぷると震える。
しっかりとユリの周囲にも結界が張られた。
『こわ、怖いです。目から光消すのやめてください』
『……え? ああ、ごめんね。そんなことになってた? ごめんね、変な想像したらちょっと色々制御できなかったみたい』
『ん、んんー……私も主様が言い寄られたりしたら嫌なので強くは言えませんけど、私が口説かれたからって生徒に危害加えたりしちゃダメですよ? 退学もダメですからね。嫌なのは、すっごく、わかりますけど……でも、みんなは私と主様の関係のこと、知らないんですから』
『わかってる。……わかってるんだけど、ねぇー……』
『嫌すぎて精神が追い詰められたりしたら全力で甘やかしますから。そして私もそうなったら主様に全力で甘やかしてもらいます。なので、主様は主様の仕事を! してください! ね!』
『……うん』
ヴェルディーゼが小さく頷き、説明を終えて教室から出ていった。




