呼び方と部活動
その日はお昼過ぎで解散となり、ユリは寮のベッドの上でくつろいでいた。
一人部屋である。
本来、平民は複数人で一つの部屋で、貴族は一人部屋、更に爵位によって広さが変わったりする。
もちろんユリは貴族などではないし、本来ならば部屋は共有であるはずなのだが、そこはヴェルディーゼがちゃちゃっと魔法で情報を弄り回して、ユリを貴族の出ということにしてしまったのである。
というか、創世神がそもそも各国家に一つずつ爵位を持っているので、そこの養子ということにしたのだ。
「んぅ〜……やることなぁ〜い。……主様が来ないなら、出かけちゃいますかねぇ。友達は……できてないこともないですけど、そんな気分じゃないし……うんっ。そうと決まれば、早速お出かけの準備を――」
「あれ、出かけるの?」
「ぴゃひぃっ!? ……ア、アルジサマ、ドウモ……」
「なんで片言……? 仕事終わらせたから、様子見に来たんだけど……どう? 友達できた? 上手くやれそう?」
出かけようとしていたところに声を掛けられたので、なんだか罪悪感に駆られてユリが片言で返事をした。
それにヴェルディーゼは首を傾げつつ、子どもを心配する親みたいなことを言う。
「……だ、大丈夫です。友達はできましたし」
「ふぅん。……性別は?」
「な、なんで自分から聞いたのにそんな不機嫌そうなんですかね……女の子ですよ。近くに座ってた二人です」
「近くに……ああ。……ふぅん、……ふーん……」
「な、なんですか?」
ヴェルディーゼが目を細めながらユリの方に近付いてきた。
顔が近いのでユリが照れて目を逸らしつつ、ちらりと窓を見る。
位置的に誰かに見られることはなさそうなので、ユリが細く息を吐いた。
教師が生徒に手を出すなど、事案でしかないので。
「う、ぅ……あの、主様。自重してくださいね?」
「……ん? なに、なんで?」
「だ、だってバレたら……解雇ですよね。困りますよね」
「記憶と情報改竄してまた潜入し直すだけだよ。……まぁ、面倒なことには違いないから、気を付けないといけないのはそうだけど……結界があるから、大丈夫大丈夫。幻惑でも認識阻害でもなんでもできるから」
「……んんぐぅ……ならいいですけど……それはそれとして、先生と恋愛って……謎の背徳感にそわそわというか、ドキドキというか……なんか、緊張しますね?」
「……」
へらっ、と笑うユリの顔を見つめながら、ヴェルディーゼが黙り込んだ。
それにユリが不安そうな顔をしてじっとヴェルディーゼを見つめる。
もしかして嫌だったのだろうかと、ユリが前言撤回しようとして。
「……もう一回」
「へ?」
「もう一回、さっきのっ」
「さっ……? さっきの……?」
「先生って、もう一回!」
「……せ、先生?」
「〜〜〜っ!」
なんかヴェルディーゼが身悶えていた。
どうやら先生という呼び方がいたくお気に召したらしい。
珍しく興奮をありありとその顔に浮かべて、ヴェルディーゼがもう一度、もう一度とユリに何度もねだる。
「あるじさ……先生っ! あの、照れるのでそろそろやめたいです……!」
「かわいい」
「何も考えてなさそうな顔するのやめてぇ! 私も今の主様みたいになっちゃうぅ……な、何がそんなに気に入ったんですか……」
「……いや、無理矢理言わせないと絶対しない呼び方だし、新鮮で……ごめん、ちょっと興奮しすぎた」
「急に落ち着かないでください……じゃ、じゃあその、あれですか。えと……旦那様とかって、呼んでも……興奮する感じですか……?」
「もう一回ッ」
ヴェルディーゼがまた興奮してしまった。
爛々と輝く紅い瞳に見下ろされ、こうなると予想した上で言ったこととはいえ珍しい姿にユリが口元をまごつかせる。
その間にはもう一回、もう一度だけ、と騒ぎ続けていた。
中々うるさい。
「はいはいはいはい、だんなさまだんなさま。これでいいですか? わかってて言った私も私ですけど、とりあえず正気に戻ってください」
「……最後に、一回だけ」
「だ、旦那様」
「あーー……ふぅ、よし。……んんっ、それで……一応、用件もあるんだった」
様子を見に来ただけではなかったらしく、ヴェルディーゼが何度か咳払いを挟んでから真剣な眼差しでユリを見た。
キラキラと輝くヴェルディーゼの瞳を思い出してしまい、ユリがすっと顔ごと視線を逸らす。
むぎゅりとその頬を掴んでヴェルディーゼが強制的にユリと目を合わせつつ、言った。
「明日、部活動を決めるんだけど」
「部活動、あるんですか。というか明日って急ですね……」
「あ、いやごめん。明日から決められるってだけで、見学期間もあるよ。部活動というより、サークル活動、もしくは同好会……の方が近いかもね。教師の指導の下というよりは個人が集まって何か活動をするから。この世界でも、別にわかりやすいように言っただけで部活動って名前じゃないし……」
「んー、なるほど……で、わざわざ伝えに来たってことは、何かあるんですよね?」
「念のためだけどね。戦闘に関するものと、料理関係は絶対にダメ。何が何でもダメ」
頑なにダメと言い続けるヴェルディーゼにユリが目を丸くした。
ユリに否はないが、ここまで言うほどの何かがあるのかと首を傾げる。
しかし、原作のストーリーで何かがあるというには雰囲気がおかしい。
原作で起こる程度のこと、ヴェルディーゼにとっては簡単に防げるしユリのことを守ることもできるはずなのに、あまりにも必死すぎるのだ。
「別にいいですけど、どうしてダメなんですか?」
「大鎌以外の武器持ったら武器が吹き飛ぶでしょ。あと戦闘系は男が多いからダメ。絶対にダメ! 僕のユリが告白されたら……っ」
「あ、はい。……料理系も刃物持つからですね……」
ユリが苦笑い気味に納得し、こくりと頷いてそういうところには入らないと約束した。




