王立リエダン競竜場シリーズ2024、ダービーデイ:令嬢たちの競竜場:淑女が賭けたもの**競馬ミニ知識:競走馬とは&JRA主催競馬場
地球なら競馬場だが、異世界なので競竜場で競竜が行われている。ぐふっ***貴族令嬢が4人、あこがれのお姉さまが竜騎手をしているので、その竜に賭けるのだが。いや、お嬢さん方、ちょーっとそれは~。人生を竜に賭けるのはお勧めしないけどなぁ・・・・・・。明日はダービーデイ。府中に集まるファンに捧げる一作です***この作品は、当初読み切りで書きました。ですが作者・倉名の気分が盛り上がりシリーズ化しましたので、王立リエダン競竜場シリーズとして、ダービーデイとグランプリデイの年2回投稿にします。それに伴い、この第1回を短く書き換えました。今できているのは、この5tクラス初戦、次がすでに2024年年末投稿のエスコート竜グルーガー、2025年ダービーデイがコルヌコピア杯です。三作目は、今年のダービーが6月1日ですのでその前日、5月31日に投稿です。このシリーズには、競馬ミニ知識が付属しています
貴族の遊びと言ったら、賭け事を外すことはできない。カード、ルーレット、闘技場。
プレイヤーとして参加したり、有力プレイヤーのパトロンになったり。
それよりなにより、賭ける。
公認の賭け屋もいるが、それはむしろ庶民用。
個人対個人で大金を、人によってはほぼ全財産を賭ける。そして、当然ながら最後は没落する。
これを愚かと思うのは簡単だが、たとえば「保険」という概念はそもそも賭け事から始まったことを知れば (損害保険とはつまり、受け方は事故が起きない方に賭けているのだ。参照:ロイド保険会社、船舶保険。実例:タイタニック号の沈没・1912年)、そう簡単に言い切れもしない。
ここは、国立リエダン競竜場。
世界的にも有名な竜レース場の最高峰であり、年末のサークレット杯 (景品が、金の防具・サークレットであるところからきている。知力も上がるらしい)には王立厩舎から精鋭の竜が出走、竜主 (竜の所有者)である国王もご臨席なさるという格式高い場所だ。
今日は王立学園を卒業して一人前となった貴族令嬢が集まって、同窓の「お姉さま」である、侯爵家のアリスンとパートナー竜・セレッソが出走する「重量級・5tクラス」を応援するテーブルにお邪魔しよう。
テーブルでお茶と甘味を嗜んでいるのは、王太子妃筆頭候補ベッケン侯爵家長女クラリッサ、コートニー侯爵家次女フランシア、ペンローズ伯爵家次女イングリッド、カティソン子爵家長女メリーアンの四人。それぞれ身分に合わせて着飾り、競竜を観覧する貴婦人のシンボルともいえる奇抜な帽子を頭に載せている。
美しく晴れた秋の日だ。
観戦テーブルはレース場が広く見渡せる貴族のための屋外観戦スペースに設えられており、各家からの騎士が場の四隅に、そして4人の侍女が背後からの視線を遮る位置に立っている。侍女の脇には若い執事が付き添う。イングリッドの執事は、鞄を抱えきれず足元に置いている。
貴族の賭け事は、掛けの場に掛け金を持参して、勝負がついたその場で掛け金のやり取りをする。小切手でもいいのだが、これはイングリッドの嫌がらせでもあるので、持ち上がらない重さの現金を鞄に詰め込んで持ってきている。ご苦労さま、執事さん。
なお、他の3人の執事が抱えている皮鞄には、契約書が収められている。
「みなさま、入場ですわ」」
「ええ」」
白砂を敷き詰めたコースに、パドックから地下道を通って7頭の竜が入場してくる。地下道から上がって来た順にエスコート竜が付き添い、スタート待機地点へと誘導する。何しろ巨体なので暴走されてはたまらない。緊張と興奮で柵を踏み倒して逃走しないように熟練の引退竜が一頭ずつをエスコートする。首長竜2頭、キンドレイ竜2頭、鎧竜、角竜、タングレイ竜、各1頭という構成だ。もちろん全頭草食竜である。
貴族席脇の楽団から、勇壮な行進曲が流れて雰囲気を盛り上げる。
一番人気のサー・コンスチン、登録名「流星のアミアン」が熱狂的なファンから贈られた美々しい鞍下に工芸品級の鞍を乗せ、華やかな笑顔でファンに手を振る。
若い娘たちの悲鳴のような歓声が観客席の興奮を煽り立てる。
「アミアン!」
「流星さまー」
「こっち向いてー」
「キャー、手を振ってくださったわ!」
令嬢たちのテーブルは冷ややかだ。サー・ミンス・コンスチンは、2年ほどペンローズ伯爵家次女イングリッドの婚約者だった。コンスチン子爵家には過ぎた縁だと、子爵夫妻から祝福され、本人も甘い言葉で愛を囁き、仲睦まじく婚約期間を過ごしていた。
だが、竜騎手として人気が出るに従い態度が変わった。
婚約者として学園の卒業式をエスコートしたものの、イングリッドを送り届けた伯爵家の玄関先で婚約破棄を声高々に宣言した。呆然とするイングリッドと両親、家人に馬車の後輪から砂を掛けるようにして立ち去ったのだった。
卒業して、後は結婚準備をするばかりだったイングリッドは、ショックのあまりしばらくベッドルームから出ることもできなかった。
クラリッサとフランシアが声を出す。
「あら、サー・コンスチンですわね」
「流星のアミアン?でしたかしら? あまり品の良いお名前とも思えませんが」
「さようでございますわね、その点、アリスンさまは素晴らしいです」
メリーアンが素早く話題をアリスンに切り替える。
「アリスンさまがご出場なさいましたわ、凛々しいですわねぇ」
「カンパネラさまとお呼びするべきですかしら」
「ええ、姉上らしゅうございましょ? どうぞカンパネラとお呼びあそばして」
カンパネラは「鐘」という意味。 本人は、竜を大切にしない騎竜手に運命の鐘の音を聞かせてやる、というつもりらしい。
「あの鞍下は、あらまあ、使ってくださったのね」
「あらあら、うれしいですわ」
アリスンの乗竜・セレッソ(さくら)は、その名に合わせた桜色の地に濃い牡丹色で花々が刺繍してある美しい鞍下を背に被せている。クラリッサたちをはじめ、学園同窓の淑女たちが30cm角ほどの桜色の布を競って受け取り、牡丹色の刺繍糸で好き好きな花を刺繍してフランシアに送り返した。それをこの4人で繋ぎ合わせ、つなぎ目にさらに刺繍を施し、緩衝材を仕込んだ台布に丁寧に縫い付けて作り上げた。
競竜のような激しい競技では、鞍下に施した刺繍など1度で擦り切れてしまうのに、淑女たちはそんなことは気にもしない。カンパネラ後援会の淑女たちから送り返される布を届けた小姓は、「よろしかったら更にお手伝いさせてくださいませ」と、主人から託された伝言を述べた。
アリスンの手元には常に十枚以上の鞍下が出番を待っている。
競技が終わったら、使った鞍下は妹であるフランシアに届けられ、補修を経て教会のバザー時に入札金額非公開、金額記入式で売られる。ファン価格ですごいことになっている。
「まぁ、いつもながら凛々しくてあられますわぁ」
アリスンは、竜鞍上から妹たちのテーブルを見分けて微笑みとともに手を振り、セレッソの首に手を添え待機地点へと駆けさせて行った。
「お美しい」
「本当に凛々しくておいでですわねぇ」
「はい」
ため息がテーブルをピンクに染める。
「セレッソの調子はいかがでしょうか」
「勿論万全ですわ!」
「違いありませんわ」
貴族令嬢なので、小声で品良く話す。少なくとも最初の内は。
令嬢たちのあこがれである竜騎手アリスンは、コートニー侯爵家の長女だ。母方の祖母から膨大な資産を受け継ぎ、竜舎を建てた。
誰の出資も必要としないから、やりたい放題。竜レースが大好きな父からは苦情が出ないし、母はフランシア達の隣のテーブルで大声援を送ろうと準備を整えている。そちらの席には母君と同年配の貴婦人が5名。内ひとりは、単なる貴婦人に見えるように侍女(といっても侯爵夫人)のドレスを借りて(正確にはとんでもなく高価な、まだ袖に手を通してすらいない自分のドレスと交換で入手して)座っている王妃陛下だ。警備の方々は胃薬持参である。
コートニー侯爵家・長女アリスンは、王立学園をテキトーに卒業し、嬉々として髪を切り、手持ちのドレスを庭に積み上げて盛大な焚火で“天にお返し”した。そして、髪とドレスだけではなく身分や性別も一緒に心を籠めてお返ししたと宣言した。娘姿の形見として高価なドレスや服飾品を受け取った友人や侍女は記念品を抱きしめて、焚火の煙の行方を見あげながら涙を拭い、慰め合ったものだ。
競竜騎手学校に堂々のトップ合格を果たした。ペーパーテストも騎竜実技も当然のように満点で、1年間の教程を一度もその位置を譲ることなくトップで終了した。
アリスンは、王立学園で学ぶほぼすべての淑女のあこがれの星だ。
カールしたピンクの短い髪が凛々しい顔の輪郭を飾り、胸周りは伸縮性のある布で支えている。
卒業以来一度もドレスを身に纏ったことはなく、常にパンツとジャケットだ。それがまた恐ろしく似合う。
「やあ、元気だったかい、久しぶりだね、お嬢さんたち」
などと話しかけられた日には、失神者続出である。
クソ手間がかかる上に重いばかりの長い髪を切り捨て、コルセットとドレスを庭で燃やしたら、どれほどすっきりするだろう! カーテシーなどクソくらえ、胸に手を当てて膝を突く方が数段楽に決まっている。(ってか、そもそも鯨髭が縦に縫い込まれたコルセットを引き絞られた状態で腰を折ることができるものなのか。オーストラリア・ハンガリー帝国皇妃エリザベートは、侍女を一人連れてレマン湖の畔を散策しているとき胸を刃物で刺されて暗殺されたが、鯨髭コルセットを身に着けていたために刺された直後は出血が抑えられ、悲鳴を上げる侍女をしかりつけて侍女に支えられながら乗船ジュネーブ号まで歩いたという。それはもう、防具と言ってもいいのではないだろうか)
もちろん、城を買ってもおつりがくる資産とそれを運用する能力があるからこその貴族令嬢の離れ業だから、あこがれの域から出ることはできない。だが、応援ならだれでもできる。アリスンは王立学園淑女同窓会のトップアイドルだ。
アリソンの今日の乗竜は、牝竜で名は「セレッソ(さくら)」。3tからともにレースに出て2年、アリスンは庭で盛大な焚火をして侯爵令嬢の地位に別れを告げて以来、一度も公爵邸に帰ることなく騎手学校時代にはすでに自分の竜舎を立ち上げ、卒業後は竜舎・ローズバンク(バラの砦)で竜たちと暮らしている。
クラリッサ、イングリッド、メリーアンはアリスンの妹フランシアに「招待されて」こうして競竜場での一日を楽しんでいる。
「フランシアさま、緊張してまいりましたわね」
「ええ、もう心臓が」
「お茶をお召し上がりになってくださいませ、さあ、一口」
「ええ、ありがとう」
メリーアンの勧めに頷いてフランシアが持ち上げたカップは、少し震えていた。姉を目で追いながらゆっくりと一口。少しは落ち着いただろうか、手の震えもおさまったようだ。
「今日はアリスンさま5tクラスのデビュー戦ですもの、気持ちは同じでございます」
「クラリッサさま、ありがとうございます」
「あ、スタート・エリアに誘導されるようですわ、そろそろファンファーレかしら」
「ああ~、わたくしもう駄目ですわ~」
内緒話をすると、イングリッドは、ちょっと気が遠くなりそうな金額をアリスンの単勝に賭けている。賭けの相手は……、それは勝敗がついてのお楽しみ!
イングリッドの侍女が、気付けの嗅ぎ薬の瓶を持って近付いてきたが、イングリッドは目を爛々と光らせ、およそ気を失いそうな雰囲気ではなかった。侍女は淡々と元の位置に戻る。
5tクラス第一レース、出走竜は7頭。
1番:ゴールドアーマー、鎧竜種、6.2t
騎手:フィンドレイ、竜舎:サー・フィンドレイ舎
2番:スタウト、キンドレイ種、5.7t
騎手:流星のアミアン、竜舎:コンテ・ミンクス舎
3番:エンデバー、角竜種、5.9t
騎手:紅幻花、竜舎:コンテス・マミアナ舎
4番:ロングリブ、首長竜種、6.8t
騎手:タビーキトン、竜舎:サットン舎
5番:セレッソ、タングレイ種、5.2t
騎手:カンパネラ、竜舎:ローズバンク舎
6番:パラレルネック、首長竜種、6.9t
騎手:クイントス、竜舎:サットン舎
7番:ストイック、キンドレイ種、6.1t
騎手:ナビゲラ、竜舎:王都競竜組合舎
*わかりにくいと思われたら、象とキリンとカバがレースをしていると思ってくださいませ*
セレッソは、2頭の首長竜種が両脇に来るという不利なポジションにいる。もっとも、スタートと言っても、複数の竜がライン上にきれいに並ぶなんて誰も期待していないし、できる訳もない。ちょうどヨット競技のスタートのように、ラインより手前ならどこからスタートしても、ラインを越えればいい。フライングを犯した竜は、一旦ラインより手前に戻り、再びラインを越える。7頭の竜は、スタート・エリア内で騎手に促されながらゆっくり歩いていたり、スタートライン近くで立ち止まっていたりする。
高さ10m位置の浮遊台にスターターが立ち、オレンジの旗を振り上げる。軽く2度振ると楽団の金管楽器奏者による華やかなスタート・ファンファーレが鳴り響く。旗を振り下ろしたらスタート、その瞬間から計測時計が動く。
スタート・ファンファーレと同時に、アリスン応援席の令嬢たちの背後に、侍従と侍女が横長の布を掲げた。
「アリスンさま、最高ですわ(Alison, The Best)!」と、大きくアップリケされており、その下には、
「わたくしたち、カンパネラ応援隊(We are Campanella’s)」と、やや小さめに、さらにメンバーの花紋 (貴族令嬢が主に独身時代に名前の代わりに使う、花を象った紋。母から受け継ぐ)が散りばめられている。その数実に100以上、色やデザインが若干異なるものの、同じ紋もあるから、姉妹や母娘で応援隊に参加しているのだろう。
隣のテーブルでも、アリスン応援幕が広げられている。
「アリスン、勝つのよ (Alison, You’d Win)!」
「あなたの母 (I am, Your Mother)」
「あなたの伯母」
「あなたの乳母」
「君の兄」 ? (この刺繡は、内緒だが、畏れ多くも第二王女殿下の御手である)
などなど、こちらは刺繍の腕が数段上でもあり、侍女やメイドを巻き込んで手間のかかるキルティング技法を取り入れており、より鮮やかに浮かび上がっている。
旗が振り下ろされ、スタートが許可された。
拡声魔道具を通じて、レース状況を知らせるアナウンスが始まる。
貴族席前のコース内側には幻影スクリーンが浮かんで拡大映像が投射されている。
「スタートです、最初にラインを越えたのは、6番、パラレルネック、操縦性の高い首長竜種です! 2番手は2番スタウト、騎手は流星のアミアン」
拍手と歓声が競竜場に轟く。
「3番手はストイック、王都競竜組合舎所属のホープです、騎手はナビゲラ!」
管理棟1Fは大歓声に包まれる。関係者揃いだけに、不正を疑われないように、音や映像が外に漏れないよう注意深く遮断魔法が掛けられている。
「4番手はセレッソ、セレッソです。本日5t級デビューを果たしたセレッソ、騎手はカンパネラ!」
貴族席から、手袋を着けた左手に扇を軽く触れさせる音が起こる。
5番手はフィンドレイが操るゴールドアーマー。竜種は鎧竜。プレートアーマーのような固い皮革を、ゴム状の皮膚で繋いだような外観をしていて、見るからに厳つい。
サー・フィンドレイは、ノリアディスク侯爵家の次男で、自身はフィンドレイ子爵。侯爵家所有のフィンドレイ竜舎を預かって、自ら騎手を務めている。竜種の保存に熱心な貴族だ。
紅幻花がエスコートするエンデバーは、競竜には珍しい角竜種で、竜主である女伯爵が角竜にもチャンスをという思いから、ここまで上がってきて善戦している。角の重さがあるために勝は困難と言われているが、7t以上級まで行けば十分見込みはあるとミンクス女伯爵は強気で押している。
最後方が、スタート・フラッグが下りた時に、何かを気にして一瞬振り向いた不運なロングリブ。首長種だけに対応が遅れ、最後にラインを越えた。騎手は小柄な女性、タビーキトン。
7頭合計で50tにも達する竜が走るさまはまさに勇壮、轟く足音も尋常ではない。競竜ファンは、まずこの迫力に魅せられる。
***サラブレッドの平均体重を470キロとして、最大頭数18頭が出走したと仮定します、その合計は8.46tとなります。この合計体重の馬が一団となって接近してくると地響きがします。普通に生活していて似ていると思われるのは、荷を載せた1トントラックが9台続いて時速60キロで走って来るシーンだと思われますが、行き会うことはあまりないでしょう。高速道路で辛うじてあるかもしれません。7頭出走の5t級競竜ではその6倍、砂を敷き詰めているからダートコースになりますが、地響きというより地鳴りがして、外柵に張り付いて見ていたら地揺れを感じるほどのすごい迫力になることでしょう***
7頭は右手から貴族席前に近づいてくる。
先頭、首長竜パラレルネックが長い首を前に伸ばし、懸命に足を前後させて進んでくる。
その直後にキンドレイ種、流星のアミアンが操るスタウトだ。キンドレイ種は、三角の顔の横に薄い皮と筋肉に包まれた骨が張り出し、放熱板の役割を果たしているから、脳の付近の血流が冷やされやすく、指示を聞き分ける能力が高いと言われている。
スタートから飛び出した2頭の後を、ストイックとセレッソが並ぶように追っている。
セレッソはタングレイ竜種で、非常に扱いづらく競竜には不向きと言われてきた。しかし、アリソンはそんな意見に耳を傾けることはなかった。気難しいのは、竜舎での扱いが悪く、竜の気持ちに添わないケアをしているからだと考えている。タングレイ種の類稀な筋肉質のボディを見込み、卵から孵した5頭の兄弟姉妹を順にレースに出している。今のところセレッソが出世頭だ。
ストイックは、流星のアミアンの操る竜種と同じ、キンドレイ種。競竜で一番多いのがこの種だ。
パラレルネックとスタウト、7mほど離れて続く、ストイックとセレッソという順に貴族席の前を駆け抜けていく。
貴族席からは右手に持った扇を左手に触れさせる音と、手袋を着けた両手による拍手が巻き起こっている。
その後ろから、ゴールドアーマー、エンデバー、ロングリブが並ぶようにして走って来る。
ちょうど貴族席の前あたりで、エンデバーが僅かによろけ、コース内側を走るゴールドアーマーの肩に軽く触れてしまった。
軽く触れるといっても、6tもある角竜の体重が速度を乗せて触れるのだから、たとえて言えば並んで走っている砂利輸送トラックの外側の方が内側に、ドン、と触ったようになってしまった。
コースが弧を描いているだけにその効果はなかなかのものだ。
ゴールドアーマーは、内柵に体を擦る。
エンデバーは触れた反動で軽く外に弾きだされる。そして、わずかに後ろから来ていたロングリブの地面と水平に伸ばした長い首に衝突してしまった。
騎手フィンドレイは宙を飛んで内柵を越え、コース内側に吹っ飛んだ。ゆっくりと体を起こしたから、大きな怪我はなさそうだ。内柵の中側を追走してきていたエスコート竜の騎手が鞍から滑り降りるようにしてフィンドレイに走り寄っていく。
騎手から自由になったゴールドアーマーが、制御を失って咆哮しながらエンデバーにお返しとばかりに体をぶつける。
紅幻花が必死に立て直そうとするが、エンデバーはコース外柵に向かって斜めに逃げる。
そのためにロングリブの走路を斜めに横切ることになり、これ自体すでに走行妨害で失格だが、それよりなにより、3頭はもつれ合って乱戦状態だ。
3頭の竜の怒りに燃える吠え声が競竜場に響き渡る~。
終わった……この3頭の関係する竜券が、一般観客席から紙吹雪となって空に舞い踊った。
3頭が早くもレースから脱落。乱闘公認のレースだから罰則はない。
ただ、先頭竜から半周遅れた時点で未完走となるレース規則により、3頭には出走マークと判定リタイアが付くことになる。
おお、鎧竜つっえぇなぁ、さっすが。騎手もいないしなぁ。乱闘を見ている観客の方が、レースを見ている方より多い。
コース外柵沿いを追随していたエスコート竜グルーガーとマッキントッシュが宥めるような声を出しながら、仲裁に入る。乱闘はすぐには納まらず、レースから引退して長いため草食竜持ち前の穏やかな気質に戻ったグルーガーとマッキントッシュが威嚇の咆哮を上げ始めた。さすがに先輩竜の咆哮には若い竜が逆らうことはできないようだ。興奮しきっていた3頭も徐々に落ち着いていく。
レースの成り行きは、3頭リタイア、先行2頭、追走2頭となった。
アナウンスがさらに混乱に拍車を掛ける。
「残念です、残念!
1番ゴールドアーマー、3番エンデバー、4番ロングリブ、エスコート竜の仲裁が入りましたので、レース未完走となります。
なお、このレースで3番エンデバーの単勝竜券をお持ちのお客様、竜主マミアナ女伯爵より竜券購入感謝を籠めて、マミアナ領特産のガリアンの配布がございます。レース終了後、単勝券をお持ちになって、交換窓口においでください」
「なに~、なんか貰えるんかい!」
一般観客席は、吹き飛んでいる竜券をかき集めて3番単勝竜券を探す人でいやがうえにも盛り上がっている。
もっとも競竜場慣れしている人たちは、簡単に竜券を飛ばしたりしない。竜券を投げたり、拾い集めたりするのはもっぱら場慣れしていない観客だ。
乱闘前提の競竜場では、原因になった竜の竜主からの景品配布はよくあることなのだ。
(競馬場ではありえないから! そもそも馬は乱闘しないし。 念のため)
アナウンスがレースに観客を引き戻そうとする。
「レースは、スタート地点に差し掛かっています。残り距離は2000m。
先頭はパラレルネック、騎手はクイントス。
パラレルネックの肩の位置に鼻先がありますのは、2番手流星のアミアンとスタウトです」
一般席から、若い女性のソプラノの歓声が競竜場に突き刺さる。
「パラレルネックの尾のすぐ後ろに接近して、コース内側にストイック、騎手はナビゲラ」
管理棟では歓呼が空気を揺らす。
「ストイックに並んで、コース内側スタウトの後ろに、5t級初出走のセレッソとカンパネラ。5t級初出走とはいえ、3t級で敵なし、初めてのレースで1位の後塵をわずかに拝して2位となって以来、全レースを優勝で飾ってきました! 侮れないレース巧者です!」
そろそろ興奮し始めた各テーブルから、扇の骨が折れる音がする。
大歓声の一般席前に差し掛かるところで、流星のアミアンがスタウトに鞭を入れてペースを上げた。
「スタウト、先頭に出る勢いです。パラレルネックの首半分の位置、じりじりと前に出ています」
観客席の高い声が更に高くなる。
「アミアンさまー」
「いいわ~、そのままいっちゃって~」
「イッキよイッキ!」
貴族席は、ゴール地点より手前に広く設けられている。
特別レースではなく、セレッソの昇級戦だというだけのごく普通のレースでありながらも、20ほどのテーブルが出ているのはやはりカンパネラとローズバンク厩舎の人気でもあろうか。
ゴールまであと400m(2ハロン)という位置で、カンパネラがセレッソの首に手を当て、ポンポンと合図した。セレッソが合図に答え、スピードを上げ始める。
速い。驚きの速さだ。
「セレッソ、俊足を見せます。
セレッソの追い込みには定評があります。3t級では、50m差を追いかけ、追い抜きぶっちぎったレースがありました。どうでしょう、あ、来ます、セレッソ、すごい足をみせています!」
***えー、アーモンドアイの、桜花賞、オークス、秋華賞の三冠試合のうち、一戦でも見たことがある方なら、セレッソのぶち抜きのイメージが、アーモンドアイであることがお分かりになると思います。いやー、距離が1600、2400、2000なのに、全く同じ勝ち方をするとかありえますか? それに抵抗できなかった対戦馬も、アーモンドアイの戦い方はわかっていて負けたわけですから、彼女は本当に強かったのです。あー、陸上に例えるなら、最盛期のジャッキー・ジョイナー・カーシーに勝てる人は、男子でもそんなには居なかったでしょう~。 圧倒的とはあんな試合のことでしょうね~***
スタウトの斜め後ろについて大人しく走り、スタウトとストイックを風よけに使い体力を温存してきたセレッソは、スタウトを外から追い越して、一気にスピードを上げた。
「おねえさま!」
「アリソンさま!」
「お願い、アリソン、お願い、勝って。行って、そのまま走って!」
「アリソンー! セレッソー!」
フランシアは握り締めたた扇を肩の高さで振り、メリーアンもアリソンの名を連呼する。イングリッドは重い飾りのついた帽子を頭上から下ろし、半分立ち上がって扇を口元に当て、興奮のあまり眦に涙を滲ませている。一番冷静に見えるクラリッサですら、扇をぎしぎしと音を立てて捩っている。間もなく要金具が破壊されてしまうか、骨が折れることだろう。
4人の令嬢の叫びと祈りを乗せて、セレッソは重心をわずかに前に移動させるために首をぐっと前に伸ばし、短めの足で1完歩の長さよりもむしろ回転数で距離を稼いでいる。その姿はスマートとは言えないものの力強い。目は大きく見開かれ、前方を見据えて濡れたように光る。すべての毛穴が体温を下げるために汗を滲みださせ、歯を喰いしばりながらも唇は薄く開いて全力で空気を吸い、また吐いている。鼻の穴はこれほど大きくなるのかと思わせるほどに開き、うっすらと濡れている。右前肢と左後肢を同時に前に、そして左前肢と右後肢を前に、ただひたすらに足を延ばして前へ、前へ。全身が前に進むことだけに集中しているのが見て取れる。鱗越しにも筋肉が浮き上げり、ジワリと汗が泡になる。竜が純粋に自分の走りだけに集中する姿は美しいとすらいえる。鞍上のアリスンがCerezo, Cerezo、a little bit more, you can do it, you are the best(セレッソ、あと少し、あと少しよ、イケるわ、すごいわよ、セレッソ)と声を掛けているのが唇の形から読み取れる。
セレッソは、自分の仕事を心得ている竜だ。
アリソンの愛情に答え、主人を母とも姉とも慕い、勝たせたいと思っている。
最初にゴール線を通過することが勝つことだと知っている、賢い竜、それがセレッソだ。
「すごい! すごい追い上げだ、セレッソ、スタウト、スタウト、セレッソ、どっちだ!」
客席は流星のアミアンへの声援と、セレッソへの声援が渦を巻いている。
単勝倍率1.2倍のスタウトを頭に3連単流しを買っている観客の、行け、行け、行ってくれ、という呟きは次第に唇から洩れ、怒号に変わる。
単勝倍率11倍、3t級から丁寧に試合を見てきた通の額には、期待を乗せた汗がジワリと滲む。
「あと30m、どうだ!
セレッソ、素晴らしい! 来たきた、来たきた!追いすがるスタウトを軽々と後ろに残していく! スタウトにまさかの大差5m!
セレッソ、ゴーーール!
1着、セレッソ、騎手はカンパネラ。
2着、スタウト、騎手流星のアミアン。
3着、セレッソの後を追って上がったストイック、騎手ナビゲラ。
ゴール直前でパラレルネックをわずかに制したようです!」
竜券が宙を舞い、怒号と歓声が入り混じる。
カシャン、と、令嬢席にあるまじき音がして、イングリッドの扇がティーカップを打った。顔は真っ青で、後ろから侍女が駆け寄って来るのにわずかに間に合わず、カクンと気を失った。
「マイレディ、お気を確かに」
侍女がイングリッドの鼻先に気付けの嗅ぎ薬を持って行き、イングリッドはふっと我に返って今度は涙を流した。侍女が扇で顔に風を送る。
「イングリッドさま、どうなさいまして?」
涙が止まらないイングリッドに替わって、侍女が説明する。
「僭越ながら、ご説明いたします。
二の姫さまは、サー・コンスチンよりの婚約破棄慰謝料を全額セレッソにお掛けになりました。当日の倍率でお掛けあそばしましたので、11倍となります」
「え? え?」
「全額を?」
「えっと、確か1億ソールほどではありませんでしたか」
「詳しくは存じませんが、それほどにはなりますかと」
「賭けの相手は誰です?」
「畏れながら、サー・コンスチンご本人にございます」
「まぁ、ひどいお話ねぇ」
令嬢席には、いつの間にかアリソンとフランシアの母が侍女を伴ってやって来ていた。
「サー・コンスチンは、支払った慰謝料が惜しくて取り戻そうとしたのでしょうね。いい気味ですわ。イングリッド、よかったではありませんか、どうせ売り言葉に買い言葉、勢いで受けたのでしょう?
11倍ですよね、11億ソール、よくやりました。貴族ともあろう者、そのくらいの度胸がなくてはなりません。よく我が娘とセレッソを信じてくださいました、わたくしからお礼を言いますよ」
涙で化粧がにじんだ顔を上げ、イングリッドは立ち上がって可憐なカーテシーをみせた。
「マダム・コートニー、お見苦しいところをお見せいたしました。
お言葉に心から感謝いたします」
「ほら、直りなさい、お座りなさいな、また気を失いますよ」
イングリッドは侍女に助けられて姿勢を直し、大人しく席に戻った。
「さて、フランシア、覚悟はよろしい?」
「はい、おかあさま」
「楽ではありませんよ」
「はい」
フランシアの返事はしっかりしていた。
「みなさんご存じのように、あら、もしかしてイングリッドはまだ聞いていない?
我が家のフランシアは、セレッソが今日勝てばコートニー侯爵家の後嗣となる約束でした」
声なき驚きがイングリッドを襲う。唇などはアワアワと震え、目を大きく見開いて驚愕のあまり再び眦に涙が滲む。
コートニー侯爵家には、男子がいる。長男モリエ子爵は誕生と同時に子爵位と後嗣の地位を得ている。
だが、困ったことに王家の第二王女殿下と恋仲になり、王女は恋患いで痩せるほど。だが、この王家の慣習で降嫁は許されていない。王女の夫となる者は公爵位を受けて王宮で王女を支えることになっている。
長女アリスンはとっくに侯爵家を離れ、籍は残しているものの侯爵家の後嗣など歯牙にも掛けない。
フランシアは悩みぬいた末、立場は違えど幼少時から相性のいい王女殿下の涙と、兄の恋の為に深さ300mの谷に飛び込む覚悟でこの賭けに挑んだ。賭けの受け方は父、コートニー侯爵である。侯爵は憐れみと愛しさの狭間で、娘の勇気を称賛していくつもの条件を付けてこの賭けを受けた。
「よろしいでしょう。兄と殿下の為にこの3年、よく勉強し、よく務めました。
しっかり頑張りなさい、わたくしも全力で支えますよ」
「おかあさま、必ずご期待に応えます」
フランシアはこの数分でコートニー家次女からモリエ子爵へと成長した。明日から、舞踏会の席でも、王の御前でも、モリエ子爵として振舞うことにこの娘は耐えるだろう。
女侯爵として宮廷で特別の地位を期待される未来は厳しい予感しかもたらさないのだが、セレッソ応援隊の淑女たちがこぞって彼女を支えるだろう。
準備を整えて来た人が成長するときは、ある意味一瞬だ。
「メリーアン、あなたもいいですね」
「はい、レディ・コートニー。心からお仕えします。 お支えできるよう誠心誠意努めます」
「侯爵家の筆頭侍女は楽な仕事ではありません。
まして、兄は公爵、その子は場合によっては次代の王となるかもしれぬ。
命がいくつあっても足りぬかもしれません、よろしいですね」
「はい」
メリーアンは、この日が来ることに備え、歯を喰いしばって学院の学びの他に体術と薬学の習得に励んできた。むしろ無駄になってほしいとすら思ってはいたが、姉とも慕うアリソンと妹とも思い支えて来たフランシアのために、そして密かに抱く侯爵家長男への恋心を見事に昇華させて今日を迎えた。
その努力は侯爵家の高い評価を得ている。
コートニー侯爵夫人がクラリッサに声を掛ける。
「レディ・ベッケン、わたくしどものテーブルに、王妃陛下がお忍びでおいでです。
あなたをお呼びですよ、おわかりですね。
ご身分を伏せておられることに十分配慮なさいね」
クラリッサの顔色も白い。
「はい」
クラリッサは静かに立ち上がり、侍女を従えて隣のテーブルへとゆっくりと歩いて行った。
「おかあさま、まさかと思いますけど?」
フランシアが母に声を掛ける。
「はあ、そうなのよ。あの子もさすがベッケン候とマリアンの娘よねぇ、ぜひ王太子妃に欲しかったのですがねぇ」
「そうですか……」
ベッケン侯爵家長女クラリッサは、3人の王太子妃候補のうちのひとりで、最有力候補と言われていた。王太子にも気に入られているようで、美貌と教養も、母マリアンの実家が公爵家であることも、文句なしだった。
しかし、クラリッサ本人は王太子が大嫌いだったのだ! そりゃもう、手に触れられるのもキモワル、と言うくらい嫌だった。 微笑みかけられるだけでも背筋がゾクゾクすると母に生理的嫌悪感を訴えたが、こればかりはどうすることもできない。
どんなにキモワルな相手でも、それを理由に断れる話ではない。
策謀家の血筋を存分に生かし、候補から外れるチャンスを狙い続けた。
案を練りに練り、アリソンとセレッソでみんなが盛り上がっている時宜を狙い、まるで軽い冗談のように王妃や他の候補とのお茶会の席で、こう言ったものだ。
「このところ同窓生の間で、レディ・アリソン・コートニーの応援が盛んでございますの」
「さようでございますよね、アリソンさまはまだ年若い学園生からあこがれの目で見られておりますもの」
「わたくしの友、フランシア・コートニーさまがアリソンさまのお妹御でございましょう?」
「さようでございますわねぇ。コートニー家の二の姫さま、かわいらしいお方でございますよね」
フランシアは、アリソンの妹、カンパネラ応援隊の取りまとめ役として、淑女界に名も顔も知れ渡っている。
「はい。 それで、わたくしもアリソンさまの勝に何かを掛けようと思いまして。
5t級初戦でございましょう? お勝ちになれるはずもありませんが、フランシアとの友情の為に、何かと思いまして」
「まあ、それはそれは。 確かに。侯爵家どうしの友誼も大切になさらなければ」
「それで、わたくし、この席の皆さまをお相手に、皇太子妃候補の座を掛けたらどうかと思いまして」
「え?」
2人の候補令嬢の目がキラリンと輝く。
クラリッサは筆頭候補で、他のふたりにほとんど見込みはなかったから、自ら落ちてくれるなら最大級におめでたい。
話を巧みに持って行って、もし、仮に、万一、アリソンが勝つようなことがあれば、王太子候補を辞するという奇妙な賭けを成立させてしまった。賭け方はアリソン、受け方は王妃である。
クラリッサの賭けたもの、つまり、アリソンが一着にならなかったときにクラリッサが支払うものは、王妃の次の外遊の時に付き従うことであった。つまり、王太子妃に決定するのだ。クラリッサは、王妃にこの賭けはアリソンが勝つことを前提としておらず、ただ、彼女が皇太子妃となることを受け入れるための一種の儀式であると思わせることに成功したのだ。
さすがはベッケン家の娘と、王妃もこのお茶会を顧みて、その見事な話術と誘導に感動するほどの手腕だった。王妃に提示された「エサ」はとてつもなく大きかった。
王宮はクラリッサを王太子妃として強く欲していたが、クラリッサ本人が王太子を忌避しているために王太子妃の決定がずれ込んでいることは公然の秘密だったからだ。
クラリッサが王妃の御前でカーテシーを行い、王妃がその手を取って何事かを懇願しているようすが見えたが、言葉が返されることはなく、ただ微笑みで撃退されたようだった。貴族にとって、いや、そうでなくても、掛け金 (この場合は金ではないが)の支払いを拒むことは命を意味している。王妃にできることは、ただクラリッサに嘆願することだけだ。
その光景を見て、アリソンとフランシアの母・侯爵夫人はため息をついた。
かくなる次第で。
イングリッドは、卑怯臭い元婚約者から11億ソール巻き上げ。
フランシアは侯爵家後嗣を引き受け。
メリーアンはフランシアが女侯爵となった暁には、コートニー侯爵家筆頭侍女を拝命することに。
そして、クラリッサは王太子妃を辞退する(自分的)幸運を手に入れた。
いいけどね。
お嬢さん、オシに人生を賭けるのもほどほどに~。
To be continued~
なお、このお話は、競馬番組”競馬コンシェルジェ”放送内で、
”明日のGIで、ご贔屓の馬が勝ったら(彼女に)プロポーズする”
という内容の投書に対して、
須田鷹雄さんが、”競馬に人生を賭けるのも……”
とおっしゃっていたことから発想して、完成しました
番組競馬コンシェルジェと須田さんに感謝の辞を申し上げます
このお話は、有馬記念の前日とダービーの前日に、ノリノリ連載の予定です
賭けの部分について:少なくとも日本では、法律に基づく公設での“投票”(競馬、競輪、ボートレース、オートレース)以外は刑法違反です~(刑法185、186条)。ちなみに、競馬場の所管は農林水産省です~。勝馬投票券売り上げの20%が競馬場運営の取り分で、最終的には農業、林業、水産業の為につかわれることになりますね
なお、現実の競馬場のアナウンスは、このお話のような感情が入ったレース進行案内放送はしなくて、名前や番号を間違えないよう望遠鏡で確認しながら、集中して事実を言語化しています。彼らの職業上の名誉のために付け加えます
このお話は、あくまで異世界での出来事ですので、何卒よろしく~
競馬ミニ知識 第一回
JRA、Japan Racing Association、が管轄する競馬場 & 競馬はサラブレッドが走って勝ちを競うゲームです
サラブレッドとは、throughbred。文字通りblood(血)をthrough(通して)確認できるようにbreed(管理育成)された馬種のこと。3頭の馬、ゴドルフィンアラビアン、ダーレーアラビアンの2頭のアラブ種、バイアリータークの1頭のイギリス在来種に血統をさかのぼることができる血統書を発行してもらいます。その時アルファベットを使って名を登録するのだと思います。すべての競走馬はカタカナで名が書かれていますので。
人の手で配合して作り出された血筋の馬で、人工授精は許されず、種付けは人の手で行います。牝馬が発情していること、つまり妊娠可能であることを確認して係留、牡馬を入場させる形式ですね。人間からは発情期が(まったくではないにしろ)失われていますが、大概の生き物には子の生育に適した季節に子が生まれ育つよう、自然選択が成立しているわけです。牡馬の発情は季節を問いませんから、北半球の種馬は、本国での種付けを終えると、南半球に“種付け遠征?”することもあるとか。
どの馬も血筋が確かなことは保証付きってことです、全競争馬、血が遠いか近いかはともあれ親戚と言ってもいいですね! 八世代配合認定もありますが、遺伝子配合を計算してみれば理由は明白です。
というわけで、サラブレッドには厳格な規定がありますが、JRAに出走している競争馬は、全馬サラブレッドです。
競馬観戦は、言ってみればデータを駆使し、過去のパドックとレース映像を脳内検索する一種の頭脳ゲームですから、賭ける必要はありません。どの馬が一着になるかパドックを見て楽しく予想しましょう。「かわいしか勝たん」派は、容姿がかわいい、グレーの色合いがいい、濡れた瞳が愛らしい、名前がかわいい、歩き方がかわいい、うわー目が合っちゃったよあの子がいい~、を、ひいきして全然問題ありません。カレが1000円かけたとしても、「私はその子じゃないとおもうなぁ」と、一番かわいい馬をオシて、「見たか、かわいいしか勝たん!」とかいうのも醍醐味です~ (わりとよくあるのです。データだけで勝てるなら負ける人はいない~、パドックを見てかわいさの中の強さを見つけましょう)。
ちなみに、英語一単語でraceと書いてあれば、必ず馬が走る試合のことです。クルマが走ればcar race自転車が公道を走るツールドフランスみたいなのはcycle road raceとなります。ですので、たとえば東京競馬場は、Tokyo Racecourseで、スズカはSuzuka Circuit、モテギのロードレースが行われるコースはMotegi Cycling Courseですね。
府中で第一試合が始まる前には、大画面に”Welcome to Tokyo Racecourse”とかちゃんと出てきます。競馬のオリジンはイギリスだからでしょうか。
それでは、日本に10カ所ある、中央競馬の競馬場をご紹介しましょう。ダービーも有馬記念もこのような中央競馬所属の競馬場で催されます。
1.JRAとは
JRAとは、日本中央競馬会のことで、中央があるということは、地方もあるのですね。競馬場には中央競馬会に所属するものと、地方競馬会に所属するものがあります。作者・倉名はどちらも好きです、というか、馬が走るのを見るのが好きなので、どちらにも行きますが、このコラムで扱うのは中央競馬会に所属するレースのみです。
2.JRAは、10か所で競馬を主催しています
JRAが、競馬場としては、全国10カ所で競馬を主催しています。
まず、札幌競馬場、函館競馬場。この二カ所で競馬が行われるのはおよそ6月から7月が函館、8月一杯が札幌という短い期間です。ですがサラブレッドの多くが生産・育成される北海道にあるので、まだ若い馬が育った場所からあまり遠くない場所、つまり気候の似た場所で初戦に臨むことができます。
馬は、馬運車という一種の家畜移送車で放牧地からトレセン(トレーニングセンター)、トレセンから競馬場へと移送されます。海外遠征の時は航空機を使用します。
まずは馬運車による移送ですが、その馬が移動に強いかどうかは移送してみなくてははっきりわからないので、近い場所で初戦を戦うことができて、そこで一勝できれば、非常に楽に競馬“馬生”をスタートすることができますね。北海道で初戦を戦う新馬は、特別ルールでトレセンまで行かなくていいケースがあるそうですので、一度美浦トレセンまで移送され、また北海道まで移送されるという負担をかなり軽減することができるでしょう。
次に、関東地方で対になっているともいえる、東京競馬場と中山競馬場。このふたつは1月から6月まで開催後、夏休みにはいります。夏は暑すぎて馬にレースをさせると多分生死にかかわるので関東地方はお休みです。再開するのが9月で、12月一杯まで年間合計およそ9カ月半、交代しながら開催されます。東京と中山が同時に開催になることはありません。
三番目に、関西地方に飛びましょう。こちらで対になっているのは、京都競馬場と阪神競馬場です。東京・中山と同じく夏場はおやすみ、そして交代で開催されます。
東京・中山が対で、京都・阪神が対。そして関東と関西が組になっていて、夏場以外の開催期間中、東京と京都、東京と阪神、中山と京都、中山と阪神という組み合わせで行われるのが基本です。馬場が工事中だったりすると代替に中京や小倉が組まれることもあります。多分この二カ所が福島・新潟に較べて交通の便がいいからでしょう。
北海道と東京都の間には、福島競馬場があります。
名古屋市には中京競馬場。
新潟市に新潟競馬場。
北九州市に小倉競馬場。
小倉には、鹿児島や宮崎で育成されている比較的暑さにも耐えられるのじゃないかなーと思われる馬が出てきて、ちょっと小柄だったりしてかわいいです。
福島、中京、新潟、小倉は、基本関東圏と関西圏の組み合わせに寄り添って、三場開催となるイメージです。
GIレースの多くが東京、中山、京都、阪神で開催されますが、高松宮記念のように中京で開催されるものもあります。
3.中央競馬は、基本土曜日、日曜日に連続して開催されます
開催は、土、日が原則です。土曜日は人も比較的少なく、初心者にはお勧めです。初めて競馬に行くとき、いきなり有馬記念や天皇賞の日はお勧めしません。なぜなら、現在、現金で買える勝馬投票(自動販売)機は非常に数が減っていて、列に並んでいても制限時間内(発走2分前まで)に買えないことがあるからです。はじめはマークシートの記入も間違いますしね! (経験者談! 最初は複勝から買おう、たとえ集団が18頭でも、3頭選べるなら確率18分の3で、6分の1,1番人気から3番人気の3頭を買っておけば、よほどのことがない限り1枚は当たるからね!)
たまに、連休を利用して三日連続開催や、休日開催があったりしますが、平日に競馬が開催されているなら、それは多分地方競馬です。
今回の競馬ミニ知識は、中央競馬場がどこにあって、いつ開催されているのか、というご紹介でした。
第2回は、誘導馬とエスコート馬についてでした。
第3回は、ダービーに熱狂するのはなぜ? というタイトルにしたいと思います。ダービーという名称の由来から、ダービーで優勝した馬にはどんないいことがあるか、などです。